...WIESE








たおやかな風の群れ。
開けた緑の草原が降りていく丘の上。

太陽の光を惜しみなく浴びて座り込んでいるふたりの少年。

風の香りも空気の香りも、そして月の大地の香りも。
大地の息吹の、むせかえるほど暖かな馨り。


高台にある丘からは、立ち並ぶ住宅地も、その間も流れる川も。
少しだけ近くなった空の蒼さも、全てを見渡し、感じられるようだった。





『あ、飛行機雲…』

『ここは月だよ?…だからあれは、ただの排気ガスだよ』

『げんじつ的だなぁ…アスランは』


それでも親友らしい言葉に笑ってしまう。


『あれは…、軍の航空機…だろうね』

『このごろ、よくあんな飛行機が飛んでいるのを見かけるよ』


黒ずんだ遥か上空の鉄の塊が、何処か不吉な色に見えてくる。


『もしかして、戦争ってものが始まるのかな…』


さわさわと風が波のように渡っていく。

ぷちりと草の葉を摘み、そのまま流せば、逆らうことなく緑は浚われていく。


『いつかこうやって、野原でねころがることも出来なくなるのかな』

『大丈夫だよ、きっと』


その言葉と笑顔に、ほっとした気持ちが広がった。


『そっか…そうだよね。戦争が起こる理由なんかないもんね』

『それにもし戦争になったって、僕はキラと一緒にいられればそれでいい』


こんな風に寝転がることが出来なくなっても、二人一緒なら。
そう呟く少年の眼差しは、もう幾分大人のものへと成長していた。



『アスラン、』

『平和じゃなくたって、幸せを感じられるならずっと一緒がいいよ』

『…そっか…』



またひとたび、風が吹く。

澄み渡る風景には何一つ色無きものはない。
これが喪われるなど想像すら出来ない。

僕達は、そんな世界で生きてきた。



『ねぇ、アスラン』

『ん?』

『…僕たち、また二人で一緒に…』


言い掛けた少年の言葉は、……けれど途中でかき消えた。視線を外して軽く首を降る。


『……何でもない』


言葉の代わりに、静かに微笑んだ。


それを見て、相手は目を細めた。


『キラはときどき、どこか哀しい笑い方をするね』

『…え…?…笑い方…?』


首を傾げた。


『悲しい笑い方って?…泣きたいけど隠さなきゃって時みたいな?』

『…そうかも…しれないね』


それも一つの『かなしい』かもしれない。

でも。


『……キラの場合は違うと思う』


よくわからないと首を傾げる。


『たまに…キラの笑顔を見てるとね、逆に悲しくなることがあるんだ』


思いがけないと目を丸くする親友に、誤解しないでと付け加えた後、何ていうのかな…と言葉を探し、


『どきりとする…っていうか…。もしくはひやりとするって感じかな』


ふぅんと未だよく分からないまでも頷きだけを返し、少年は空を見上げた。


『…でも僕は、アスランと一緒にいて悲しかったことなんて一度もないよ』


この月の大地で。
母なる地とは違う緑の大地の広がる野原で。

何をしなくてもいい。
ただかけがえのない親友と一緒にいられるこの瞬間が、幸せの象徴のそのものにも思えた。


『………、…キラって、本当、無意識だよね。そういう言葉』

『…?…何が?』


菫色の瞳がきょとんと瞬く。

何でもない、と苦笑顔で首を振った。



穏やかだった風が、一瞬強く吹き荒れた。

浚われた草の葉と白い花びらを目で追い。
前髪を少しだけ押さえ。


アスラン、と、小さく呼び掛けた。


『僕たちは、ずっと一緒だよね…?』

『…どうしてそんなこと聞くの…キラ…』


沈黙する親友の横顔を見詰める。


当たり前じゃないか。…言うまでもないよ。





黄昏色の瞳は、ゆっくりと閉じられる。



二人を包む風は、何処までも澄みきったまま、月の大地を駆け抜ける。





『…これから何年経っても、僕たちは…』










風はいつしか凪へと変わった。





微かな轟音を伴って、再び一台の飛行機が飛んでいく。













二人の少年の影は、もうそこにはなかった。

















ねぇ、アスラン。





…また二人で、一緒に…

















...fin








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