作業部屋に入った途端鼻腔を擽った香り。
不快なものではないが、広い室内に何故こんなにもこの香りが充満しているのか…。

部屋の中央のデスクに親友の姿を見付けたアスランは、その瞬間原因を理解した。



「………なんだ……このコーヒーの量は…」

いや。突っ込むところはそれよりも。

「というか、何故お前はコーヒーに囲まれて作業をしているんだ」

呆れに任せて呟いたアスランが見たもの。

それは、自分の周りにコーヒーの入ったカップを二重三重に置いてパソコンを打ち込むキラの姿だった。デスクには白と黒の二色。
置いている、というよりは、黒い物体に取り囲まれていると言った方が正しい。

幾つかのカップは既に空だが、足元には追加を作れるようにポットも置いてある。袋詰めのままのコーヒー豆、コーヒー缶もある。

商売のための試飲実験か、とも言える量と置き方に、アスランは二の句が告げなかった。


「あ、アスラン。おつかれさまー」
「たった今、ここに来て、疲れた」
「ああ、これ?なんならアスランも飲む?コーヒーならいくらでもあるよ?」
「そうじゃなくて…」

理由を、と続けようとしたら、

「うわっ、なんだコレ?」

新たに入って来た声に振り返れば、そこにはディアッカ。後ろにはイザークもいた。

「お前コレ休憩してんの?作業してんの?」

ディアッカの一言に、キラのこめかみがぴくりと反応する。

「もちろん仕事中に決まってるじゃないか。この量を見て分かんないの?」


…何の量?


多分、ディアッカは思ったに違いない。アスランも思った。そしてキラにとっては両方の意味だった模様。

「終わんないから徹夜覚悟で眠気覚ましのコーヒーを準備したんだよ」
「だからってコーヒーで壁を作るとか、どんだけ主張したいんだお前は…」

アスランは呆れた。
しかしキラは頓着しない。

「マジで終わんない。外勤に行かせて人手が足りなくなるとか意味分かんない。計画性なさ過ぎ」

そして愚痴りだす。

アスランはディアッカと顔を見合わせた。
そしてこそりと顔を寄せあう。ぽそぽそと小声で会話する。

「なに。また煮詰まってんの?」
「そうらしいな。俺達が外勤務だった間に…」
「ウチの隊長もなんだよ。だから休憩取らせようと連れてきたのに」

そういえば大人しい。後ろでただ深い息を付いている。しかしよく見たら、目の下に隈が出来ていた。

アスランは溜め息を付きつつ二人に告げた。

「とりあえず、お前らは一旦ちゃんとした休憩を取れ。それから、」
「時間がさぁ、足りないんだよね。コーヒー飲む時間も惜しいぐらい」

この香りだけでも、覚醒効果があると思わない?にっこりと笑うキラの目は、…今気付いたが据わっていた。イライラして自暴自棄になっている時の、キラの目付きだ。

「こうしてうざいぐらい並べてると、早く終わらせなきゃってプレッシャーをひしひしと感じられるんだよね」

ふふふふふふ。
喋りながらも止まることのない指先。

アスランとディアッカが顔を引きつらせれば、

「ふ…なかなかにイイ案じゃないか」

今まで黙り込み、ぼんやりとしていたイザークが、ぽつりと呟いた。
ディアッカがその顔色を覗き込む。

「イザーク?」
「眠気覚ましのコーヒーを取りに行く時間すら面倒…いや、惜しいと思ってたんだ」

運べ。ディアッカ。
俺かよ!?

それだけを問答無用に命令して、イザークはディアッカを引き摺り去っていった。


残されたアスランは、

「………。………キラ、」
「………(カタカタカタカタ)……」

…最早声は届かない。

アスランはただ、頭を振るのみだった。



キラとイザーク。
職位は違えど仕事量は変わらず。
現在纏う鬼気としたオーラも同じく。

暫くの間、コーヒーの壁と匂いが、他を寄せ付けないよう二人を取り巻いていたという。



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本日、あまりの仕事(主に店頭に並べろと送られてきたインスタントコーヒーの)量の多さにキレかけた管理人のプライベートネタ。



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