すぐ耳元で聞こえたバサリッという羽音に、シンは驚いて肩を竦ませた。
その音の主は、そのまま空へと飛びたった。
「あれ、あの…、いいんですか?」
「ん?」
「勝手に行っちゃいましたけど」
シンは空を指差すが、その鳥型ロボットの主は全く気にした素振りも見せずに、首を傾げる。
「トリィは、いつも気まぐれにどこかへ行ってしまうんだ」
「ふーん…」
その行動はいつものことだと、キラは穏やかに笑っている。だが、その視線はやおら空へと向けられ、小さな影となっていく翼を追った。
それは、太陽の眩しさに目を細めているようにも見えたけど。とてもとても大切なものを見守る眼差しにも見えて、シンは不思議に思った。
「あの鳥は、大事なもの…なんですか?」
「ん?……うん。そうだね…」
「…?」
「あのコは、約束の鳥だから」
その、眩しいばかりの笑顔。
あまりに幸せそうに笑う姿に、シンは呼吸を忘れた。
そして、心が一つ、脈動を刻んだ。
「あ…」
太陽に影を残して離れていった鳥を遥か遠くに見たまま。その、綺麗な横顔に。
シンは、見惚れた。
「あのコがいたおかげで、アスランとまた会えて、僕も命を助けてもらった。ずっと傍にいてくれたんだ」
あのコの名前はトリィ。僕とアスランを繋いでくれた宝物で、『またいつか』、その言葉を叶えてくれる、約束の鳥。
そう、眩しそうに彼方を見詰めた。
「…っ…」
その、確かにそこにある、二人を繋ぐ見えない糸が、シンは何故か悔しいと思った。
幾度離れても、幾度対峙しても、不変にある絆。自分には到底及ばない世界。
シンとキラの間にあるのは、あの時誓い合った言葉と、交わし合った手のひらの温もりだけ。……あの、約束の言葉だけ。
それは、自分とこの人の絆になりはしないのだろうか。…そう、思ったから。だから。
ぽつりと、シンは口にした。
「じゃあ、俺とも約束してくれませんか」
きょとりと瞬きをしたキラの眼を、シンは真っ直ぐに見詰めた。
「俺、沢山花を植えて、沢山咲かせて、それをキラさんに送りますから!」
だから。
アスランのようにとまでは、望まないから。
「俺も、キラさんの隣にいてもいいって…、思ってくれますか。…やくそく…してもいいですか…?」
らしくもなく恐くなって。相手の顔を見ることが恐くて。この、間に流れる時間が不安で。俯いた頭に。
ふわ、と温かい手のひらが乗せられた。
「――…――」
なでなでと、シンの黒い髪をさらい、思わず顔を上げた視線に優しい紫が絡んだ。
「僕の方こそ、よろしくってお願いしたいぐらいだよ」
「…あ…」
手は離されても、笑顔はそのまま。
「花はね、咲いた場所にそのまましておいて。そこに咲いていることに、きっと意味があるから」
「…はい」
「だから、約束」
あの時は、握手を交わす為の片手だった。
でも今は。
差し出された片手の、細い小指だった。
「一緒に、咲いた花を見よう」
その場所で。
隣に並び、同じ風景を目にする未来の約束。
シンは大きく頷いて、その指先を繋いだ。
…子供のような、つたなく幸福な契りを。
空に飛ぶものは、空に生きるもののまま。
その眼下。
いつか、青い空の下。緑が広がり。
いつか、花は咲き。
それは、約束の地になる。