天才と呼ばれた、一人の少年がいた。

戦神の申し子だと囁かれた、並びなき能力者。
その頭脳は機械のように繊細無比、闘う姿は鬼神の如く。
人類の最高傑作、進化の象徴と呼ばれ。
時にその名は、英雄にも近い期待を背負い、先頭に立って人々を導いた。

非凡な才と、誰もが目を瞠るその能力で世界を駆け抜けた一人の少年。



…彼は今、ひとり地球の大地で降り続ける雪の空を見上げる。


季節を問わず極寒に支配されるこの地には、雪など珍しい光景ではない。
一面の雪原と、灰色の空。銀色の粉雪が散り、大地がまた無彩色に覆われるだけの世界。
色の景色が稀な大地に、花はない。
咲くのは氷の花で飾られた樹氷と、空から落ちてくる六花だけ。

こうして降り積もる雪の底にいると、まるで水没していく世界の底にいるようだった。

百花の王を飾るに相応しい玉座があっても。
それに座ることが叶う力をその身に宿していたとしても。

少年が願うのは、ただ平穏―――ただの平凡。

王様でもなく、神様でも在ろう筈もなく。
胸を撃たれれば絶命し、刃を受ければ血を流して傷となる。
そんな、隣と同じ普通であることを望んだ。

時折、この地を訊ねて彼を別の世界に誘う者もいた。共に行こうと、願いを込めるように。
しかし、少年が返す言葉はいつも同じ。

「僕は、ここから離れる気はないよ」

無表情に薄く、雪化粧をしただけの感情。
最初から冷えた心だけを敷き詰めていれば、何にも心は揺るがない。


「ずっとここでいい。…ここで見ていたい」


微笑は物哀しく、淋しい眼をして少年は。

…今日も変わらず空を見上げる。


春の色は忘れてしまった。
夏の大陽など想像の中だけ。
秋ですら自分には遠い過去。
季節の終着である冬だけが、今彼を包むもの。


「…世界はただ、真っ白だ…」


少年は大地の中心で一人、世界を見上げ続ける。


しんしんと降る雪に埋もれゆく―――…その重力の底の片隅で。

2014/01/31 00:04
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