君は、奇跡なんて信じない。

きっと小さな頃は、その眼をきらきらさせて奇跡を信じていたんだろう。まるでサンタクロースを信じるみたいにね。
けれど今はもう、奇跡なんてあるわけがないと、空を睨むだけの君。

信じる信じないは本人次第で強要は出来ない。
でも、絶対にあり得ない、存在しないものだと背を向けられてしまうのは、少し寂しい。

だから。

「奇跡を、君に見せてあげる」

嫌そうに渋い顔をする君を、そうして一日中、連れ回した。





「今日、沢山の奇跡に会えただろう?」

一日の終わりの時間、そう尋ねてみた。
しかし、不機嫌そうな顔は変わらない。理解不能だと、その表情がありありと語っている。

「ただ引っ張り回して遊んできただけじゃん」
「楽しくなかった?」
「……楽しくなかった」

むす、と目を背けられる。

キラはちょっとだけ寂しそうに笑ってから、

「楽しくなかったとしても、いっぱい触れられたと思うんだけどね」
「なにが?」
「奇跡ってやつに」

大きく顔を歪ませた子供。
いつから君は、そんな負の表情しか出来なくなったんだろう。嘆きを強さに、怒りを力に変えた君。優しい色はもう、君の傍には無いのかな。

「僕は楽しかったよ。その時間が奇跡みたいなものだった」

賑やかな街の雑踏。遊歩道。並木道。
真新しい商品の並ぶショップを冷やかして、公園で遊ぶ子供達に仲間入りをして走り回った。
噴水が上がり、鳥達が飛び立ち、青空にこうして今、パステルカラーが広がり―――。

「君と僕が出会ったのも奇跡。一緒にいるのもまるで奇跡だね」

唱えるように呟いて、君の眼をじっと見る。

「街が平和で賑やかなのも、今日が晴れて青空なのも。…ああ、今日を生きてることそのものにもか」
「奇跡の大安売りだな」

ハ、と吐き捨てた言葉ににっこり笑う。
そうそうその通り。

「そういうこと」
「は?」
「奇跡って、案外身近にあるんじゃない?」

…ってのは、あくまでも僕個人の考えだけど。
目に見えないものは人に強要してはいけなくて、強制出来ることでもないのだ。
意地っ張りの君になら、余計にね。

「それって、奇跡じゃなくてただの普通じゃん」

なんだ。本質的なところは分かってくれてる。
やっぱり君は、変わっていないみたいだ。
それに酷く安心した。

「君がそうだと思えば、世界は変わる」

僕の言葉に難しい顔を止めない君だけど、きっと分かってくれている。今はただ、世界を睨んで拳を強く握り締めることが、最上の術になってしまっているだけで。

優しく温かい『それ』はもう、自分の手のひらには降りてこないのだと…その手のひらを開こうとすらしない君。

今、大地は緑色で赤色だ。
世界もまた、同じ色に美しい。


「願ってるよ」


何がだよ、とこちらを刺々しく見返す眼。
赤い目は強く、燃え焦がす感情を映す合わせ鏡。優しい焔は、そこにない。今はまた、それでいい。

…うん。……願ってる。

大陽の下を輝くように生きてきた君は、純粋過ぎるが故に、光を一瞬で掻き消された絶望で奇跡に背を向け眼を閉じた。
奇跡は当たり前には起こらない。起こらないから何処にもない。歩く道は暗く、自分の足跡すらも分からない。

気付かぬ間に通り過ぎていった何かに、気付くこともなく。

風のように、花の香りのようにあるそれを、無感動にでもいいから…不意にでいいから、いつか振り返ってくれればと。


―――…君に、願う。


サンタクロースはいない。神様もいない。
童話は教訓に過ぎなくて、お伽噺は所詮架空。
白い鳥はただ、自分が生きていく為だけに空を飛ぶ。
子供は大人になって、見えないものは夢の幻。

それでもいつか、手のひらにある『それ』を、見付けて欲しい。


君にそう…―――僕は、願い続けるよ。

2013/12/13 03:01
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -