「っ!」
母艦に機体を降ろした瞬間、突かれるように胸を走った鋭い痛みに、レイは呼吸を止めた。
胸元の軍服を握り締め、痛みの波が去るのをじっと待つ。
「……っ…、……」
収容された機体が格納庫に納められる揺れの中で、ただ指先に力を込めた。
…―――限界が近いことを、ぼんやり思う。
周期は日に日に増していた。哨戒中にこの波が来なかったことは運が良かったと…そう思えるぐらいには、受け入れ始めた事実だった。
額と手に汗が滲む。機械音だけがひっそりと響く中で、自分の心臓の拍動だけを聞いていた。
…大丈夫だ。まだ動いている…。
音を深く辿るように、目を閉じた。
『収容任務、完了しました』
機械的な声に顔を上げたが、身体が動かなかった。力を込めすぎたせいか、頭が痺れて身体に力が入らない。
『レイ…?』
耳に入り込んで来たのは、聞きなれた声。
怪訝そうな…ではなく、気遣わしげに寄せられた声音。…何処かほっとした。もう大丈夫だと安心する。
無重力の波を上がってきたその人が、再び名前を読んだのに合わせて、力の入らない指先でゆるゆるとコックピットのハッチを開けた。
滑り込んできた影。
レイの顔を見るなり辛そうに歪められた表情。
もうお互いに言葉などなくても、今ある現実は察して余りある。
俯くレイの前髪を掻き上げ、額に掌が触れた。
「…熱はないみたいだね…良かった」
ほっと息を付いて、キラは手を差し出した。
「動ける?」
「…はい」
深呼吸を一度して、息を整える。
一瞬交わった目線に応えて、レイは機体から外へとゆっくり滑り出た。
動きが緩慢なレイに、何かあったか、と周囲の目が向けられる。それを代わってキラがのらりくらりとかわし、二人は格納庫の外へと出た。
「…医務室…行く?」
レイは首を振った。
「どうせ、意味がない…」
「…そう…。…じゃあ、僕の部屋に来る?」
少しだけレイは迷い…やがて素直に頷いた。
「うん。行こう」
拒む言葉が出てこなかったのは、疲れきった肉体と精神からくる諦めだったのか。
それともただ、躊躇もなく触れてきたこの手のひらの温もりを、本当は求めていたせいだったからなのか―――。
人前では周りからの目を気遣って触ろうとしなかった手が、廊下に出た途端こちらに伸びてきて、気遣わしげに手を握った。
支えるように。導くように。
俯くレイの前に立ちながら、二人は並んで歩き出す。
「大丈夫。…終わらせないから」
…紫の瞳を見るたび、揺れる感情がある。
終わりの時はもう、目の前に横たわっているというのに。暗くて深い何かが、既に袖を引いている現実に打ちのめされながも。
しかしそれをさせまいと、いつもキラは強く、自分の冷たくなる手を握り締めるから。
「僕はまだ、諦めない」
振り返らないまま告げられた言葉は、短いものだからこそ万感の想いが込められていた。
この、繋がれている手と手のように。
「いつか、一緒に―――」
その言葉の続く先に…―――レイはただ手のひらを、強く握り返した。
2013/09/23 20:34