それは、三色菫の中立者。
「…―――以上が、プラント側から提案された要件だよ」
一通りを事務的に伝え終えたキラが顔を上げて見たのは、むむ…と難しい顔で腕を組むオーブ国家元首の姿だった。
「条件は悪くはないと思うけどね?」
「キラがそう言うのならそうなんだろう」
「なら、了承という形で伝えてもいいんだね」
「むぅ…」
キラが自ずから持参したオーブ国宛の親書…その中身は理路整然としていて、条件も含め特段悪くはなかった。
だが、それを目にした目の前の党首が納得を得ていないのもまた一目瞭然だった。感情部分が付いていかないのだろう。彼女は大体が直感というか…情で動く人間だから。
「納得出来ないのなら理論的に返さないと」
「…こういうのは普通、直接顔を合わせて話し合うものだろう。文書だけなんて」
「カガリじゃ話にならないでしょ。…いや睨まれてもそれが事実だから。だから僕が間に入ってるんだし」
例え彼女と相手国側が同じテーブルに付いたとして、話し合いは平行線になるに違いない。
何より大人の交渉術で丸め込まれるのは目に見えている。
あの人ほど口を上手く回せとは言わないが…。せめて国のトップに相応しい冷静さと計算高さを身に付けて欲しいと願う。
ぶっちゃけ、どんな場であっても感情的にならず、キレず、周りが安心して見ていられる対応が出来るようになってくれないかなと思うのだ。
「カガリはさ、あの人の腹黒さを多少は学んだ方がいいと思うよ?…いや、ホント少しだけだけど。本音を隠して、いろんなものを腹に抱えて交渉できるように…」
「はら…?」
「いや、お腹おさえないでよ」と呟けば、「馬鹿にするな。意味ぐらい分かってる」と不機嫌そうな表情が返ってきた。
「分かってるなら、しっかり経験値にしてね」
「党首として必要な要素だとは理解できるんだが…あの議長を参考にしろということには頷きたくない」
「それは分かる」
気持ちは分かる。大いに分かる。自分で言っといて何だが、痛いほどに理解出来る。…が。
個人の感情を抑えてでも優先しなければならない現実も、沢山あるんだよ。
「君は国の先頭にいる人間なんだから」
ね、と。頭を沸騰させそうな若輩者の元首に向かい、慰めるよう笑った。…コクリと頷く頭。
「それで、これが今差し迫ってる現実。これの親書の返答はどうするの?」
「…キラはその条件でも問題ないと思うんだよな?」
「メリットは双方同じくらい。これからどう生きるかはまだ読めないけど、今は妥当な処じゃないかな」
「ん…お前がそう言うなら…」
「僕が、じゃなくて、カガリはどうなの?」
「う」
ちら…とこちらを窺うような視線に、普段の猪突猛進な彼女の面影はない。キラは溜め息を付く。
「皆の意見を纏めるのもカガリ。決断するのもカガリでしょ?」
「うう…」
「条件が不服ならそう言わないと。反論があるなら僕はそのオーブ元首の意見を汲み取って、今度は向こう側と交渉をする。それが僕の仕事」
必要ならば、僕を使えばいい。
不要なら、オーブ元首の返答はOKだとそのまま伝えるのみ。
「冷たい言い方かもしれないけど、この交渉の中身に僕の情は入れないよ。ましてどちらかに有利になるような感情は込めないから」
年若い(…同い年だけど…)彼女には酷な言葉かもしれないが、自分も仕事である以上、一切の私情は挟まない。
身内だからとそちら寄りにはなれない。
「キラぁ…」
…でも。
キラは天を仰いだ。姉に弱いのは自分の弱点だと思う。情けないことに。
「…アドバイスくらいなら…まぁ…」
ぱっと顔を上げた彼女に、僕も甘いのかな…なんて再度溜め息が出た。
「とりあえず、カガリの意見を聞こうか?」
「こちらが、オーブ元首からの返書です」
黒の椅子に座るその人に、キラは携えてきた国家文書を差し出した。
「さすがは弟殿。早い仕事だね」
「それを見越して僕に依頼をしたんでしょう」
同じ国のトップなのに、何故こうも彼女とこの人は対称的なのだろう。いつもそう思う。
大人と子供という枠を遥かに上いく、彼らの性格の違い。経験値だけじゃないよなぁ…全く。皮肉ってやりたい気持ちは、いつも溜め息に変わるのだ。
ざっと中身を確認したこの星のトップは、楽しげにキラへと視線を戻した。
「この返答、なかなかに出来た中身だな。…君が何か彼女に知恵を貸したのか?」
「特に何も。国のトップとしてもう少し腹黒くなるように諭しただけです」
「あのオーブの首長をね…」と意味深にギルバートは笑う。キラがその首長と浅からぬ縁を持っていると分かって依頼してきたくせに、今更何を言う。
「本当に惜しいな」
「………」
「君のその能力は年齢以上だ」
「どうも」
「これからも表に出る気はないのか?」
「何処かに属するのは性に合いませんから」
本音は面倒臭いから。争い事に巻き込まれるのも利用されるのも真っ平だ。話の流れが嫌な方向へと行きそうな気配に、キラの表情が曇る。
「君が頷いてくれるなら、こちらはいつでも君を受け入れる準備が出来ているよ」
やっぱり。またその話か。
「僕はあくまで中立者。どちらの国の政治にも関わるつもりはありません。…というか、貴方と同じ属性にはなりたくありません」
彼らとはビジネスライクの関係だけど、自分にだって人の好き嫌いぐらいはあるのだ。
「それは残念だ」と告げるギルバートに、キラは一礼だけを返して背を向けた。
自分の今回の役目は終わり。
必要に迫られれば、また依頼は来るだろう。
これでまた、趣味を謳歌する日常に戻れる。
のんびりと一日を過ごす日々の中で、いずれかまたの、その時を待つだけだ。
キラは大きく伸びをし、仕事の完了を身体に告げた。
少年は、彼らのコーディネイター。仲介者。
中立者として狭間に立つ者。
それが、国家の大事から個人の小事までさまざまなものであったとして。依頼を受ければ、この身をもって依頼をこなす。
特異な生まれと異質な力。
不可思議な縁で彼らの真ん中にいつも在る。
孤独に生きているわけでもなければ、大衆の輪の中心にもならない。しかし、世界を知る者。
その時代。
何処にも属さない人間として、世界を見詰め続ける一人の少年がいた。
2013/09/15 21:44