これのその後的なお話。
一面の黄色の中で翻る、白いワンピース。
風に彷徨うだけの綿毛のようだったその姿は、今は力強い夏の花に降り注ぐ光となり、燦々と舞い踊る。
青い空に、沸き立つ入道雲。
貫いていく飛行機雲。
軽やかな足取りで大地を踏み締めながら、少女は大陽に向けて笑顔を花開かせた。
「ステラ、嬉しそうで良かった」
「あの服、凄く気に入ったみたいです」
「ラクスの見立ては間違いなかったね」
ひらひらと、花と花の渡り歩く白い蝶のような少女を目で追いながら、シンはキラと共にヒマワリ畑を歩く。
何処かに行ってしまいそうな足取りで、くるくるとステラは先を行くけれど、離れてはこちらを振り返り、離れてはそっとこちらを窺う。
二人が傍にいるのかを、確かめているのだ。
無感情な無表情はまだ消えてはいないけれど、その硝子玉みたいだった瞳は、しっかりと自分達を捉えている。
そんなステラに、キラはその都度手を振り返す。彼女はそれに小さく頷いて、またお気に入りのワンピースを翻した。
「ステラにとっては、今見てる景色が楽しくて仕方ないんだろうね」
「…はい」
シンが初めてステラを見たのは海だった。
その時も踊っていた。楽しげだった。
でもきっと、その時の彼女の眼に世界は映っていなかっただろう。まるで微睡みの中の夢。自分が夢見る景色を追い掛け続けるだけの幻蝶。
膜越しにしか世界を見上げられなかった少女。
…でも、今は。
「…?…あれ?…いない…」
視界に白の影が見えないことに気付いて、シンは辺りを見回した。どこ行った?ときょろきょろしていたら、姿はすぐに見付かった。
「あ。こっちに戻ってくるよ」
不意に掛け寄って来たステラは、手に何かを抱えていた。泥に汚れた指先に握られていたのは―――黄色い野の花。
「あげる」
差し出されたその花を見て、キラは相好を崩した。
「受け取ってあげなよ、シン」
「違いますよ。それはキラさんにだと思います」
え、と瞬くキラの前で、シンは「だよな?」とステラに尋ねた。こくんと素直に頷く金の頭。
「お礼みたいです」
じぃ、と。ステラはキラを見詰める。表情がか細いからこそ、純粋で、透明で、真っ直ぐだ。
「ありがとう」
受け取った黄色い花越しに、ステラの顔が輝くのが分かった。まだまだ乏しい表情だけど、その眼だけは雄弁に喜びの感情を宿して色付いている。頭を撫でれば、くすぐったそうに目を細めて手のひらにすり寄った。
「お礼に今度、夜に咲くひまわりを見せてあげるね」
「夜に…さく…?」
「星みたいにきらきらしてて、とても綺麗なんだよ」
そっと笑い返す。優しく、優しく、咲き始めたばかりの花を慈しむように。
行こうか、とキラは手が差し出せば、
「………」
「…?…ステラ?」
その手をすり抜け、ぎゅっと抱き着かれた。
「…おひさまの…においがする…」
キラの腰に細い腕を回し、懸命にすがり付く。
子が母にすり寄る姿にも似た力強さで。
「………だいすき…」
辿々しくも、たった一言に感情の全部を詰め込んで、ステラはキラに回す腕の力を強めた。
キラもまた、ふわふわの金の髪を撫でて彼女を抱き返した。僕もだよ、という思いを行動で示すように。ステラは無邪気に目を細めて笑い、益々すり寄ってくる。
大人気なく慌てたのは、シンの方。
「あのさ…っ、ステラ!簡単に誰かに抱きつくのとか良くないからさ!」
「キラはステラの大事なひと。だからいいの」
「いやっ」
「はは。僕は構わないよ別に」
「キラさん!」
「あー…でも、シンは気に食わないかな。ステラが僕にくっついちゃったりしてたら」
言葉は当たってるけど多分当たってない!
絶対誤解してるよこの人!
心の叫びは決してキラに届くこともなく、当人達は花を飛ばして笑い合うだけだった。
一欠片の種が、いつか一面の花になって、君を祝福してくれる。
地上に咲いた大陽の中で君が笑っている未来を、僕達は願い続けるよ。
2013/08/01 15:44