「なんか…いい匂いがする…」
クライン邸に遊びに来ていたシンは、飲んでいる紅茶とはまた違う香りに顔をあげた。
年中花に溢れている屋敷だから、その花の中のどれかだろうか。
「ああ、もしかしてあれじゃない?」
シンの対面のソファにいたキラは、壁を指差した。
そこにあったのは、飾られたドライフラワー。
リボンが結ばれ、褪色していながらも壁を美しく飾っている。
「ローズマリーは香草だから、いい匂いがするんだよね」
天然の香水みたいだ。陽の光によく似合う。
「この匂いがすると、昔を思い出すよ」
「子供の頃とかですか?」
「母がね、ハーブが好きで庭によく植えてた。壁にドライフラワーにした花を沢山飾ってて…とてもいい香りがしたんだ」
花の開花から、壁の装飾品になるまで。
家族の記憶の一部になるまでの断片的な記憶を辿っているんだろう。
この人を育んだ家族やホーム、風景を、こちらでも思い描けるぐらい、思い出を語るキラの表情は、とても幸せそうだった。
「すごく…好きだよ」
どきりとした。その言葉と、笑顔に。
自分に向けられたわけでもないのに、鼓動が跳ねた。
ドキドキして…それから少し、寂しく思った。
「……いいなぁ…」
「ん?…欲しいなら分けてあげるよ?」
「あ…いや、そういう意味じゃなくて」
「??」
甘い香りのローズマリー。
癒しと安堵をもたらす花の匂い。
深い思い出すらも、美しく浮かび上がらせる。
そこにあるだけで、この人に安らぎと温かさを与える花。
「すごく…いい花なんだなぁって」
あんな風に簡単に好きだと言ってもらえるこの花が、少しだけ羨ましい…なんて。
首を傾げているだけのこの人には、絶対に言えないけれど。
2013/07/04 16:22