※ パラレル
季節外れの転校生…―――ならぬ、季節外れの養護教諭。
年明け、…冬から春に季節が移る只中に、臨時の中継ぎとしてやって来たその人は、まさしく保健室の先生が天職に思えた。
白衣をいつも着ている為だろうか。何だか少し頼りなげに風に揺れているみたいな風情。
けれど、優しそうな雰囲気と笑顔に、時をかけずして生徒の憩いの場となった人。
シンもまた、とりとめのない会話が楽しくて、いつの間にか常連になってしまった。
悩み相談、なんて殊勝な理由など持っていないけど、「いつでもおいで」という言葉に甘え、入り浸る日々である。
『あの人の傍にいると、癒される』
その噂に、シンもまた頷く思いだった。
いつの時代もどんな場所でも、『保健室』というところは、白く優しい空間に包まれていて、悩み多き学生達にとって最も身近な居場所だったのだ。
「その花、なかなか咲かないですね」
窓際の白いプランターに水をやっていたキラを見詰めながら、シンは何の気なしに呟いた。
キラは笑う。
「残念。今度この花が見られるのは次の季節になるかな。冬の始めに咲く花なんだ」
プランターには緑の葉だけが揺れていた。
最近は気温も上がり初めていて、春の気配を感じだした時期でもある。
「へー」
「珍しいよね」
多くの花が春から夏に盛りを迎える中で、この花は秋から冬に咲くのだという。
「僕には身近な花なんだけど……そうだよね、普通花ってのは、あったかい時期に咲くものだよね」
「…?」
キラにとっては、そっちの方が意外なのだろうか。
「キラさんが育った場所って、やっぱりここよりも寒いとこだったんですか?」
「…うん。……僕が生まれたのは、もっと寒いところ」
そこでは、まだまだこの時期にも咲き続けてたんだけどね。寒い場所に早く長く咲いてたから…だからいつも、この花ばかり眺めてたよ。
初めて見る、キラの昔の面影。
それがその花には宿っているのだ。
「…見てみたいな…花の咲くとこ」
「シンはもうすぐ卒業でしょう」
「う」
今はもう、卒業までのカウントダウンが始まっている時期である。「そうですけど…」とぶつぶつ呟き、
「じゃあ、今度その花が咲くぐらいの季節になったら、またここに来る」
「来るのはいいけど、泣き言を言いに戻ってはくるなよ〜」
子供みたいな顔をして、キラは笑っていた。
季節は巡り―――冬が来て。
やって来た母校に記憶の白衣はもうなかった。
葉だけが咲く鉢植えの置かれた窓際。
その窓越しに、いつも手を振っていたあの人。
今はカーテンが寂しく揺れるばかりで、優しい姿は何処にもない。
ただ一つ残された、記憶のプランター。
季節外れの白い小花が、冬の風に揺れていた。
2013/03/13 13:13