…なんかマズいかも。

嫌な気配を察して、キーを打ち込む指が少々鈍り気味となっていることを、キラは自覚した。



今自分は、ギルバートと共に交渉の席に付いていた。
相手方と友好関係を築くために設けられた場……何故そんな場所に己が駆り出されたのかは、もう今更過ぎて突っ込む気も起きなかった。

とにかく、口頭記述を行う役目を受け、議長その人の隣に座って黙々とパソコンを叩いているのである。

しかし…。

「………」

耳に入ってくるのは、先程から続く相手方の一方的な言い分。よくもまぁ、そんなに淀みなく話せるな。この人たちは。
それを、ギルバートは否定も制止もせずに、にこやかな表情で頷きながら聞いている。

プラント議長のその殊勝な態度に気を良くしたのか、尚もご鞭撻とやらを語り続ける、空気の読めない使節団の代表とやら。

…なんか、マズい方向に行きそうだな…。

主に、隣に座る議長の今後の動き方とか。

キラは、あくまでも書記役。政治家でも議会役員でもなければ、今この場で口を挟める立場でもない。関わりになどなりたくないから、挟む気なんてさらさらないのだが。…この良くない方向に向かっている空気に、無表情が貫けなくなりつつある。

事務的な作業の合間に窺うギルバートの横顔には、感情の起伏など見えない。
相槌の口調も、返答する態度も、頷く表情も。漂うオーラですら、何も変化はない。外聞通りの穏やかで、理知的で、冷静な、

「ええ。そちらの述べられた通りだ」

一切の不快等を見せずに微笑んだまま、貴方の言い分は正しいと好意的な肯定を淡々とその返す姿に、ますますマズいかもなぁと内心溜め息が積もっていく。なんというかまぁ…。

……らしくない。

この交渉が、プラントにとっては楔にも成りかねない重要なものであることは、両者共に充分理解している。
それ故に、こちらはあまり強く出られないし、反対に相手は自分らの優位を態度に示してプレッシャーを掛けてくる。

プラントの代表として、為政者として。結果、判断して決断したことならば、文句はない。

が、自分まで面倒に巻き込まれるのは御免だ。


だから、机の下―――見えない場所の。

その黒い議長服の袖を、そっと握った。


驚いたようなギルバートの視線が一瞬こちらに向きかけるが、キラは一切表情を変えることなく前だけに視線を向け続ける。

「余計なことを考えないで下さい」という意味を込めたつもりのそれを、どう取ったのか…横顔がふっと微笑んだのが見えた。

どうせこんな子供みたいな行動、この人にはなんの慰めにもならないんだろうとは、分かってはいるけど。
ちょっとは抑止力とならなければ、自分がここにいる意味はない。

ギルバートが一つ、静かに笑って瞼を落とす。
そして次に眼を開けた時、

「プラントを思っての、為になる長い口上、有り難く受け取りますよ。では、具体的な契約について話を進めましょうか」

…ああ、もう大丈夫だ。

キラは、掴んでいた袖を、そっと離す。
ふう…と、疲労とも安堵とも違う溜め息を、隣でささやかに吐き出しながら。

2013/03/13 13:13
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