「ギル。…手紙が届いている」

差し出された掌に乗っていた、白い封筒。
宛名はこの家の住所。
しかし裏側に差出人の名前はない。

だが、無表情に近いレイの顔が、僅かながらも柔らかさを帯びているのを見て、ギルバートは差出人を直ぐに察した。

「そうか。久しぶりだな」

前回の手紙からどれくらい経っただろうか。
そして、あの戦争の日々から、もうどれだけの時間が流れたことか。

人の記憶が過去を薄れさせていく中で、二人は穏やかな日常を過ごしていた。
彼らがここにいることを知っているのは、片手にも満たない。

その内の一人―――自分らを地上に導いた少年からの、久方ぶりの便り。

開いた封筒からは、各地の風景写真と押し花の栞。それから、数枚の楽譜。
互いの素性を知らせるものは、何もない。

けれど、手紙からはいつも、花の香りがした。
焚き染められたかのようなそれに、彼がいつもどんな風にこれを書いているかを知るのだ。

その一片―――プリザード化された白い花が、掌にころりと落ちてきた。

「クチナシの花か…」

思わず微笑する。厚い花びらの白い花。
それは、時に故人の棺と葬列を飾る花だった。
開き始めは白く、やがて薄いセピア色へと変わっていく。過去を褪色させていくように。

故人に口無し―――葬られた人間が言葉を語ることはなく、生きて現実を知るものは口をつぐんで真実は闇に眠る。
故に、亡き人に手向けるクチナシの花。


そしてもう一つの意味は、朽ち無し、と。


永遠に果てることなくそこに在り続けることを願い、来世の幸福を祈る葬送の花。

覚えているよ。忘れはしないから。
このクチナシが香れば、貴方達を思い出す。
いつか君達の、人々の、世界の傷が癒えた時、また会おう。


躍動の音を生み出すラインを描いていくのが、今、あの少年が請け負っている役目であり使命。そこから生まれた沢山の結果は、遠いこの場所へと伝え聞こえて来た。その片鱗は、時折こちらにもこうして形になって届けられた。

早速鍵盤を弾き始めた金色の子供を視界に過らせながら、ギルバートは窓の外に広がる空を見上げた。


君に、朽ちることのない旋律を捧げる。

2013/02/20 01:15
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -