「なんでアンタと一緒に行かなきゃなんないんだよ…」
「文句ならキラに言え」
購買の一日限定20個のパンが食べたい。
本日キラが言い出したワガママがそれだった。
季節限定品だから、絶対手に入れて来てね〜。
そんなワケで、確率を上げる為に駆り出されたのが、シンとアスランの二人だった。自分を勘定に入れないのが、キラらしい。
「こういう時こそ、アンタの無駄な権力を使えばいいのに…」
「俺は一学生だ。それに、例え権力とやらがあったとしても、こんな馬鹿らしいことに使えるか」
「役に立たない…」
ぶちぶち文句を言いながら歩いていたら、購買に辿り着いていた。
「あ!…良かった…まだ残ってた」
シンは駆け寄り、「コレ下さいっ」と目的のものを手にした。
「ありがとうございます」
お釣りを渡してくれた販売員の声が思ったよりも若くて、シンは思わず顔を上げた。
にこりと交わる視線。
……あれ…かわいい…。
自分と同じ年頃の、普段は身近にない柔らかな微笑みに、シンはちょっとだけときめいてしまった。
ぽりぽりと頬を掻きつつ、少し離れたところで待っていたアスランのところに戻ってきたら、
「…?…おい、」
唖然と購買を凝視するアスランがいた。
「な」
「は?」
シンは、アスランの目線を辿って後ろを振り返る。その先は、やはりいつもの購買に変わりはない。
すると、先程の販売員の女の子が、アスランの視線に気付いたように顔を上げ、「あら」と呟いたようだった。
他のスタッフと言葉を交わした後、購買を抜け出し、こちらへとやって来た。
「お久しぶりです。アスラン」
…え。知り合い?
だが、それ以上にシンを驚かせたのは。
「なにをやってるんですか貴女は!」
え、ウソ…。
『あの』アスランが、狼狽えている!
まさしく青天の霹靂。シンは目を丸くした。
「ちょっとした社会経験です。いろんな方達の生活風景が見られて、楽しそうでしたから」
「貴女は、そんなことをしている暇はないでしょうが!」
この人は、どういう人間なんだろう?
あのアスランを、ここまで狼狽えさせる人間なんて…。歳は近そうなのに、敬語だし。
ちらちらと窺っていたら、目が合って微笑まれてしまった。…うう。なんかどきどきする。この空気、誰かに似ている気がするんだよな…。
「初めまして。シン・アスカ様。私はラクス・クラインと申します」
「え…俺の名前…」
「キラとアスランからお話は聞いていました」
どんな方か一度お会いしてみたかったんです。
優雅に笑って花を咲かせる少女に、心臓が跳ねた。
「先輩の知り合い…なんですか…」
「私達三人は、俗に言う幼馴染みというものなんです」
小さな頃から、家族ぐるみの付き合いがあったのだと、ラクスは教えてくれた。
「あれ…、でもあまり見かけない…別の学校に通ってるんですか?」
「いえ。私もこの学園の生徒です。ですが、普段は別の仕事をしておりますので…」
「別?仕事?」
「ラクスはこの学園の理事長だ」
疲れたように吐き出された言葉に、シンは目を丸くした。
「は!?理事長ぉ!?」
「所属は俺達と同学年の生徒。……理事長職を兼任してるんだよ」
「理事長室にこもるより、こうして学内にいる方が余程楽しいですわね」
清楚。可憐。良家の子女。そんな言葉と風情が似合う人は、この学園の最高権力者だった。
頭が付いていかない…。どういう人間関係を構築してるんだこの人達は。
………でも、優しそうなヒトだな…。
権力者にありがちな、高圧的な空気はない。
ラクスの柔らかな雰囲気に、シンは知らず強張っていた緊張を解いた。
「だからって、何もこんな場所でそんな格好をしている必要はないでしょうに…」
「この帽子とエプロン、似合いませんか?」
くるっと回ってアピールする。
「いや、ただの三角巾と割烹着でしょうが」
「可愛くありません?」
「ありません」
「残念ですわ。気に入ってましたのに」
そうかな。可愛いと思うけど。シンは思う。
どちらかというと、綺麗系に属する顔付きが、そういう家庭的な格好をすることで随分と親しみ易くなっている。ていうか、そんなにエラい人物には到底見えない…。
しかし、アスランにとってはその部分こそが、特に咎めたい箇所らしい。
「そういう威厳を失うようなことは、止めていただきたいんですが」
頭を押さえるアスランに、ラクスは「あら」と呟き、「これは、皆さんと親しくなれる必須アイテムです」と笑う。
「人との付き合いを増やすのも、付き合い方を学ぶのも、将来のためには大切なことですよ」
「……分かっています」
「その辺りに関しては、キラの方から学んでいるとは思いますが」
意味深に微笑みながら、ラクスはシンへと視線を向けた。
「いつも楽しい話を沢山聞いています。どうぞこれからも、キラを宜しくお願いしますね」
「あ…、いえ、…あの…」
まるで母親か姉のように、慈しみ深い笑顔で、ラクスは頭を下げた。
慣れない丁寧で柔和な態度に、シンは戸惑う。
しどろもどろになって視線をさ迷わせていたら、視界に話題の人物がやって来るのが見えた。
「もう、二人とも遅いんだけど。何やってる」
「キラ」
面倒そうな目付きが、途端に大きく瞬きし、
「…あ、…ラクス!」
笑顔が輝いた。
「どうしたの?久しぶりだね!…あ、その格好スゴく可愛い。似合ってる!」
「まぁ、ありがとうございます」
嬉しいですわ、と二人が微笑み合う姿はとても絵になっていた。ていうか確実に花が飛んでいた。キラさんのあんな表情、見たことない…。
「随分と楽しそうなことしてるね」
「良い経験になりますわよ。色んな人間が観察できますから」
「へぇ…、じゃあ今度僕も」
「それだけは止めろ」
「えーなんでだよ、アスラン」
「お前ら二人が揃うとロクなことにならない」
傍目から見ると理想的な二人。
しかしアスランにとっては、とてつもなく心労が嵩む組み合わせのようだとシンは悟った。
滅多に見れないアスランの姿は、興味深いことこの上ないが、どうにもからかうネタにするには不憫な気がした。
それが、シンとラクス・クラインとの出会い。
後日、まぁ確かにキラさんの幼馴染みだなと思える出来事に幾つか遭遇するのだが、それはまた別のお話。
その後、購買に留まらず、食堂、部室、保健室…などなど、さまざまな場所に出現する理事長の姿があったという。