あれ…?
珍しく、職員室から出てきたキラの姿に気付いて、シンは駆け寄った。
「キラさん!」
滅多に出入りしない場所からその人が出て来たことに、少々の疑問符を浮かべながら。(ある意味出入り常習人間なのだが、その大体を無視するため)
「珍しいですね?…職員室なんかに用なんて」
「…今朝」
ぽつ、とキラが声を発した。
静かな、とても静かな声だった。
「課題の提出期限が過ぎてるって怒られた」
「………、…へぇ…」
おお。珍しく教師陣も頑張ったようだ。この人相手に『怒る』という行為が出来るとは。
「怒られるだけなら、慣れてるから気にもしないんだけど…」
そうだろうな。いつもならのらりくらりとかわしつつ、へらりと笑って流すのだから。
だが、今のキラの空気は……なんと言うか…、……ヤバい気がする。
「な、なんかあったんですか」
「イザークやディアッカのことまで持ち出してきやがった」
「え」
「早く課題を出せって…あまりにうるさいから職員室に来てみたら、そのことそっちのけで悪口言い出した」
「いや、あの」
「友人一人説得できない生徒会長だの、自身が一番相応しくない風紀委員だの」
「まさか、中で何かしてきたんですか…!?」
扉を開けたら死屍累々の山とかじゃないだろうな!…怖くて中が覗けない。
シンの言葉に、キラは「別に」と呟き眉を寄せた。
「何も言わずに話を聞いてきただけだよ」
「そ、そうですか…」
「僕が反抗した分、どうせイザーク達が何か言われるんだろうからね。しばらくは大人しくしてる」
良かった…。別の意味で学園が機能しなくなるところだった。職員室の中が廃人だらけになっているとは思いたくない。
「じゃあ、今からでも課題を出すんですね」
「いや、もう終わった。全教科分、午前中で全部終わらせたから。今は歴史の課題を出してきたところ」
さすがだ。キラにとっては、学校から出される課題など、片手間で出来てしまうものに違いない。あくまでも、「面倒だから」を理由に課題提出をスルーしていたのだろう。
「でも、ムカつくから全部古代語で書いて出してやった」
聞き慣れない単語に、シンはきょとんとした。
「………、…何ですか…古代語って…」
「そのまんま。古代文明で使われてた言語のこと」
「………。……いや、それは、」
「歴史の先生なんだから、読めないわけがないよね」
ここで初めて、キラは表情を変えた。それは、間違いなく笑顔である。笑顔なのだが…。
「ちなみに、数学はびっしりフェルマーの最終定理を書いて出したし、生物には遺伝子における水平伝播の仕組みを書いてやった」
「は…?…ふぇる…?…でんぱ…?」
もはや宇宙語だ。
「それぞれの分野に特化した先生達なんだから理解できて当たり前だよねぇ?」
「そう…です…、…ね」
何と反応したら良いのか分からず引きつる顔。
もはや言葉も引きつるしかない。
「……課題と別のもの出したら、評価が下がるんじゃないですか…」
どうせ気にするとは思えなかったが、一応言ってみる。案の定、キラは吐き捨てた。
「別に?…0点にでもしたければすれば?って感じ。学校の課題ごときで将来を決められるわけもないし」
不機嫌を最大にしているキラには、近くにいることに慣れているシンですら冷や汗が出る。
どう動くか分からない猛獣を前にしている気分だ。
これは…誰も近寄らない方が良い。
「ああもう、腹が立つな。我慢できなくなってきた。今回は逆らうつもりもないけどムカつくことに変わりはないよね!」
怒りの具合はちっとも収まらないと喚くキラ。
「腹いせに学校のホストコンピューターにハッキングして、大人達のプライベートを全部暴露してやろうか!」
「アスラン呼んで来るんで、お願いだから大人しくしてて下さい」
精神の平和と学園の安寧の為には、キラ・ヤマトを敵に回すな。
それが、毎日が穏やかである為の、この学園の影のルールである。