「あ、シン。勉強おつかれさま〜」

放課後。
自転車置き場でぼんやり空を見ていた先輩は、姿を表したシンを見るなり笑顔を見せた。





なんでこの人が俺のチャリに座ってんだ…。

「これシンの自転車でしょ?乗せてって?」

その言葉の語尾には、間違いなくハートマークが付いていた。

「…アスランは」
「迎えが来て先に帰った。会議に参加しないと行けないんだって」

いつもはアスランの高級車に便乗して帰っているキラだから、足がないらしい。よいしょ、と自転車から下りて、帰ろうよ、と呟く。

「よく俺の自転車だって分かりましたね…」
「こんな分かりやすい目印はないと思うけど」

トントンと叩いたサドルの下の支柱には、


【一ねん3くみ しんあすか】


歪んだ文字が、ありありと刻まれていた。

「はぁ!?何で」
「これいつから乗ってるの?」
「…っ…、マユのヤツ…っ!」
「まさか小さい時から乗ってたわけないよね」
「マユ…妹がイタズラで勝手に貼り付けただけですっ」

自宅にしまっている園児用自転車から、シールを剥がして貼ったに違いない。
気付かなかった自分も馬鹿だが、何であいつはこう地味なイタズラを仕掛けてくるのか。

「仲がいいねー」
「妹のくせに、俺の言うことは全然聞きませんけどね」
「はは。威厳ないねぇ、お兄ちゃん」
「うっさいですよ」

とにかくどいて下さい。自転車が出せないです。言えば、キラは大人しく脇に避けてくれた。

が。

「よし、準備いいよ。レッツゴー」
「いや。乗せるって言ってねーし」

後輪止めを外した途端、ちょこんと座った影。

「折角だし、帰りどっか寄って行こうよ」

人の話聞いてないし。

「食べたいものがあれば奢ってあげる。おにいさんが遊ぶお金も出してあげるよ〜?」
「いりませんってば!つか一般家庭出身のアンタにどこからそんなお金が出てくるんですか」
「バイトしてるから」

…想像が付かない。

「何のバイトですか」
「株」
「………」
「それから、いくつかのOSを売ってるから。使用料ってことで、放って置いても金は入る」

学生の敵め…!!
ぎりぎりしたい気持ちを、シンは堪えた。

「技術はそれだけで金になるんだよ〜」
「はいはいそうですカ。んじゃ、タクシーでもなんでも呼んで帰りゃいいじゃないですか」
「車だと一瞬で着いちゃって、つまらないじゃない?…たまには自転車もいいなぁとか思ってたらシンの名前が見えたわけ。すごい偶然♪」

ホントかよ?…気まぐれはこの人の十八番だ。

遊びの相棒がいなくて、「暇だなぁ」なんて思いながらワザと人の自転車を見つけ出したんじゃないかと疑う。…確かに、一目で分かる目印を(偶然とはいえ)貼り付けていた自分も、隙を与えた原因なんだが。

「放課後はさ、シンと遊ぶ方が楽しそう」

結局は、そんな気紛れだと分かる一言に、まぁいいかと感じて嬉しくなってしまうのだから、もう拒否する時間も無駄なのだった。

「早く行こうよ」
「……運転荒くても文句言わないで下さいよ」
「危なくなったらシンに抱き付くから大丈夫」
「…!…はいはい!どうぞご自由にっ」

からかうなと噛み付くのも、最早アホらしい。
笑い声を上げるキラから顔を背け、校門の外に出るために自転車を引きずった。





「んー…街の匂いがするねー…」

シンが振り返れば、その自転車の後ろでキラが風に揺れる髪を押さえながら目を細めていた。

間もなく夕暮れを迎える前の、最後の賑わい。
流れていく景色は穏やかで、優しい色に染まっている。

各々の放課後を過ごす学生。
夕飯の買い出しを片手に下げた女性と、その母親と手を繋いではしゃぎ声をあげる子供。
いい匂いが漂い始めた商店街。一軒家。

キラの言う通り、それが全て街の匂いとなって自転車に乗る二人の横を通り抜けて行った。

「車に乗ってるだけなら、分かんない空気だよね。……すごく久しぶりで、懐かしい」

いつも車のアスランには、出来ないこと。それを今日は、自分がキラにしてあげられている。
それが、嬉しい。
ほんの少しの優越感と、幸福感。
シンは微かに口角を上げた。


そして、ちょっとだけ下り坂になった道に入りスピードが増した瞬間。

「…かぜだ」
「え」

キラが身体を乗り出してきた。

「きき、キラさん近い…!」
「すごい!風がスゴいね…!」

感動…!
身体全体でそれを発している。
表情も眼差しも、きっときらきらと輝いているに違いない。想像出来る。

だが今のシンはそれどころじゃなかった。

「ちかいから!チャリこけるからー!」
「あははっ!楽しいねー!!」
「あぶないってー!!」


走り出した自転車は、止まらないのだ。


風も。…―――――この人も。



2012/11/12 18:14

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