あれは……シャニ、かな…?

ふと。
キラは、少し離れたところで視線を下げて歩く緑頭を見付けた。



猫背気味の姿勢は彼の癖のようなものだろうか。
ふむ、とキラは考察する。
しかし今は敢えて視線を落としているようにも見える。辺りを見回すようにきょろきょろしながら歩く姿は、なんともぼんやりしていて危なっかしい。前方不注意でぶつかりそうだ。

…とも思ったが、器用に人と人ととの間をすり抜けて歩いている。その様は本当に猫のようにも見えて、キラは口を片手で押さえながら小さく吹き出した。

やがて彼が向かった先は事務室だった。
窓口に顔を突っ込み…何かを伝えている…?
そして出してもらったボックスらしきものを覗き込み、漁り…しかし目的のものが見付からないのか、そのままふらりと立ち去っていった。

キラは首を傾げ、

「………、……んー…」

やがて自分もまた事務室へと走り寄った。





「君が探してるのは、コレ?」

ふら…と振り返ったシャニは、キラの手に乗る小さなメモリーチップに焦点を合わせた。
指先で掴める程の小さなチップである。
なのに、視線はしっかりソレを捉えていた。

近寄ってきたシャニに、はい、とキラはチップを渡す。
そのままシャニは、ポケットに入れていた音楽ポータブルにそれをセットし、ヘッドホンを耳に付け……無言でくるりと背を向けた。

「ちょーっと待て!」

ガシリと襟首を掴み引き留める。

肩越しにギロと紫色の片眼が睨み付けて来たが、キラは臆すことなくニコリと笑った。

「こういう時に言う言葉があるんじゃない?」
「………」

ますます目付き悪く射抜いてくるが、知ったことではない。一切表情を変えず笑顔のままシャニの眼を覗き込んでいたら、根負けしたのか相手の方が先に視線を外して掴む手を打ち払った。

相変わらず大音量のリズムが漏れ聞こえてくる。こちらの声など耳に入らないと言わんばかりに。

だが、ふとシャニの表情が変わった。言葉に例えるなら「ん…?」である。
あ、やっぱり分かっちゃったか。

「それさ、君の探してたヤツじゃないんだよ」

そう呟いたのとほぼ同時。

「お」

足の軌跡が、キラの髪をはらって行った。
ギリギリでそれをかわしたキラは、無表情で次の蹴りを繰り出そうと構える相手から、一歩分後退した。両掌を見せてストップの意思表示をする。

「別に僕が盗ったわけじゃないよ。本物は君が自分でどこかに落としたんだろう?」

思い当たるフシがあるのか、シャニはゆっくりと体勢を解いた。やれやれ。

「さっきまでの君の様子を見てたら、何か落としたのかと思ってさ」

いつもダルそうにしている彼が、あんなにも視線を彷徨わせて歩き回っていることが不思議に思えて、落とし物ボックスを管理している事務員に聞いてみたのだ。そうしたらシャニはただ一言「チップ…」とだけ呟いたと言う。

「さすがにあんな小さい音楽チップは見付けられなかったからさ。代わりにはなるかなぁって、僕の特選ミュージック集を詰め込んでみました」

気に入らないまでも、耳を覆う役目の代えにぐらいにはなると思ったんだけど。

すると、

「『みつけられなかった』…?」

今日ここで初めて、シャニがキラの前で口を開いた。無表情の中にも確かに浮かんだ感情。

「うん。見つかんなくてゴメンね。怒んないで。さすがに蹴り二発目を喰らうのはキツイ」
「ちがう。…おマエ探したの」
「え?…あ…うん。みつからなかったけど」
「…ふーん…」

どうやら少し、シャニの興味を誘ったらしい。無気力な態度は変わらないが、こちらを排除しようという気配も失せた。
キラは、気になっていたことを聞いてみた。

「ねぇシャニ。それは君のトレードマーク?」

肩から下がるコードを指差した。

彼の特徴は、漏れ聞こえるほど大音量の音楽。
それから、視覚と聴覚を遮断するアイマスクとヘッドホン。

「イミわかんない」
「それがなきゃ生活できないのかってこと」
「これある方がラクだし」
「…なるほど」

キラが頷いている間に、シャニはさっさと背を向けてしまった。
これ以上引き留めるのは無理かな。
ならば。

「明日、あの運動場の入り口で待ってる。一緒に昼ごはん食べようよ。僕の持ってる他の音楽チップも持っていくから」

またね。
見えていないと分かってはいたが、癖のように手を振ってキラはシャニを見送った。





翌日。運動場入口。

壁に寄り掛かって空を眺めていたら、遠くからチャイムの音が聞こえてきた。
昼休み突入の合図だ。

さて。
落とし物箱の中を必死に探していた子供は来るだろうか。

「…おなかへったな…。………あ」

こちらへと俯きながら歩いてくる姿に、キラは顔を上げた。

お決まりのヘッドホンを首に掛け、ポケットに手を突っ込んだまま、日陰を歩くようにやってくる。

「おはよ」

笑いかけた。
しかしシャニの方は社交辞令の挨拶もなく無言のまま目の前で止まり、おもむろに手のひらを差し出した。

「…はいはい」

ちょうだい、という仕草に、キラはポケットからチップを取り出し、その掌に落とした。
そしてすぐに引っ込めようとした腕をぱし、と掴む。

「交換条件。一緒にごはん」

シャニは鈍い表情の中にも、面倒そうな気配を漂わせて僅かに顔を歪めた。
うん、やっぱり無言で去ろうとしたね。無視せずここまで来てくれたことは有り難く思うけど、タダで物をあげるほど僕は優しくないよ。

「シャニの分も買ってきたから。運動場のベンチに行こうか?」

手首を引っ付かんだまま、中へと入る。

拒絶の言葉も、後ろから襲って来そうな気配もないから、とりあえず安心した。ナイフとか出されたら、流石の僕でもびっくりするからね。


ベンチに座り、袋の中からパンと紙パックジュースを取り出した。少し離れて座ったシャニに投げ渡し、キラもジュースをすすり始める。

ちら、と横を窺えば、素直にパンを食べ始めていてキラは笑う。餌付けみたいだな。その姿がハムスターのようだから、まるでその通りだ。

「君らが来てもうすぐ二週間ぐらいか」
「………」
「ちゃんと授業出てる?」
「………」
「ま、めんどくさかったらサボってもいいけどね」
「………」
「僕もよく寝てるし」
「………」
「あの二人とはずっと仲がいいの?」
「べつに仲よくない」

どうしても譲れないことにだけは、反応するんだ。なるほど。キラは心にメモ書きした。

「僕の持ってる音楽チップは、それで全部なんだ」
「だから?」
「もう渡せるものはないけど、また一緒にごはん食べようよ」
「めんどう」
「即答だね」

面白いなぁ、ホント。好きか嫌いか、はっきりした素直さは、子供そのものだ。

「じゃあ、今日だけはもう少し付き合ってね」

こっちこっち。
拒否される前に、さっさと行ってしまおう。
先手必勝と、キラはもう一度腕を掴んで歩き出した。

…今度は運動場の外へと。



後ろをちらっと振り返ったら、文句も言わずに付いてきているシャニの姿。
興味が無ければ去っていくけど、何だかんだと付いては来るんだよね。

二人は、運動場の隣に群生している林の中へとやって来た。
陽射しが強くて暑い日なんかはここらの木陰でよく涼んでいる、キラのお気に入りの一つだ。

「はい、ここ。座って」

木の幹に寄り掛かるように、二人座り込む。
林の合間から見える景色は、木立越しにも木の葉越しにも何かが見えて、きらきらと陽射しが落ちてくる。

飛行機が空高く渡っていく。
積もった雲と、陽射しを照り返す校舎の壁。
緑の匂いを肺いっぱいに吸える休息場。

「…ここ、なに」
「絶好のサボり場。校舎からは見えないから気付かれにくい」
「ふーん…」
「涼しいしね。…目、閉じてみなよ」

素直に目を瞑ろうとはするものの、アイマスクを使おうとしたから、取り上げてしまった。
少し睨まれる。負けじと笑みを深くしたら、不満、といった子供の顔で眉を寄せたけど。

「そんなものなくても、ここなら目を閉じるだけで大丈夫だって。……ほら」

手のひらで目元を覆って促せば。
渋々ながらも、最後には大人しく体育座りのように膝を抱えて目を閉じた。

隣でキラもまた、目を伏せた。


校庭からの掛け声。ホイッスル。
葉擦れの音。
鳥の声。

遠くから、世界の優しい声がする。


動く気配がして目を開けたら、シャニが首に掛けていたヘッドホンを肩から外して芝生にそっと置いているのが見えた。

キラは、笑って目を細めた。


「またここで、待ち合わせしようね」


返事も頷きもなかったけれど、彼の口元に浮かんだ確かな笑みに、キラもまた微笑むのだった。



2013/11/27 21:48

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