校舎裏の運動場の観客席に、三人はいた。

一人は俯くように座って本を広げており、一人は仰向けに寝転んでゲームをし、一人はうつ伏せのまま腕を枕に眠っていた。


三人だけの空間にキラは躊躇なく踏み込んだ。

「こんにちは。ここは君らのお気に入り?」

体育の授業、または放課後の部活動で使われるここは、今の時間誰もいない。観客席自体が、イベント時ぐらいにしか人の出入りがないような場所である。

唐突に現れたキラと、後ろに立つアスランに、彼らは不機嫌そうな視線を向けた。…正確には二人で、一人はアイマスクを付けたまま動かない。

「……何だお前ら」

本を持つ体勢からは変わらず、視線だけでこちらを睨み付けてくる。

なるほどね。
確かに触れれば切れてしまうような眼光だ。

「えーっと…彼がクロトで、そっちがシャニ。うん、君がオルガだね」
「あ?」

キラに一番近い位置、本を閉じたオルガが立ち上がって距離を縮めて来た。

「俺たちに何か用かよ」

アスランが、キラの隣に並ぶ。何かあれば動ける場所へと。
大丈夫だよ、という意味を込めてアスランの腕に手を掛け、一歩前に出たキラは、にこ…と彼らに笑い掛けた。

「初めまして。僕はキラ、こっちがアスラン。ちょっと君らに興味があったから、今日は会いに来たんだ」

警戒心も露に、オルガは眉を寄せた。
ゲーム機の電源をぱちりと落とした音に続き、クロトが起き上がってベンチに座り直す。面倒そうに視線を向けてきた。

「アンタらなに?風紀委員ってヤツら?」
「いいや?…僕らは善良な一般生徒だよ」

まぁ、君らよりは先輩だけどね?
キラは三人を見詰めたまま、ふっと笑う。

「なんだ。暴れ馬な奴らだって聞いてたのに、思ったより子供なんだね」
「テメェら、喧嘩打ってんのか?」
「なんなら買うよー?ゲームも飽きてきたトコだしさぁ」
「……うるさい…なに…」

三人目もやっと起き出して来て、アイマスクを持ち上げる。眠そうな紫の片眼が、見慣れないキラ達を捉えて細められた。

「喧嘩も説教も、僕らはする気はないよ」
「じゃあ、何しに来た」

に、とキラは笑った。

「君らに忠告してあげようと思って」

三人は鼻白む。コイツらは何なのだと。

キラとしては、今すぐどうこうしようとは思っていない。今は、少しだけでも『会話』が出来ればそれでいい。

「転校早々、色々やらかしたんだって?」
「それがどうした。やっぱり説教か?」
「別に。騒ぎを起こしたけれは好きにすれば?僕らだって、この学園じゃあ問題児だからね」

ね?アスラン。同意を求めるように振り返る。
相変わらず静かなまま、親友は佇んでいた。

予想外な台詞に、三人の目付きが少しだけ変化した。…驚きと、強くなる警戒心。

キラは続けた。君達が喧嘩をしたいなら、どうぞご自由に。止めやしないよ。…でもね。

「相手の体にだけは、傷を付けたらダメだよ。傷害罪になるから。やるなら精神的に追い詰めないと」

面倒を避けたいなら、それがベスト。僕の経験と教訓と持論から生まれたアドバイスだ。
キラは尽きず笑いかけた。

それが出来ないなら、思い至りもしないなら、君らはやっぱりまだコドモ。
自己表現の仕方も分からず、周囲との調和も図れず、摩擦しか生むことの出来ない、子供。
自分の身を守ることを放棄しているのか方法を知らないのか。毎日がどうでも良いと背を向けてるだけの。…だからね?

「なんなら今度、この学園での過ごし方を色々と教えてあげるよ。……先輩として、ね」

少しでも、彼らが学園にいることに慣れてくれるように。楽しみはその後ついてくる。

「話はそれだけ。…行こう、アスラン」
「もういいのか?」
「挨拶もしたし、言いたいことも言ったしね」
「そうか」

アスランは、先に背を向けて歩き出した。


「じゃあね、オルガ、クロト、シャニ。今度からは、もっと賢くやりなよ」


バイバイ。またね。

背中越しに手を振り、キラは場を去った。







後日。
学園は少しだけ…本当に少しだけだけど、平和になった。

彼らは、気紛れでも授業に出るようになった。

ただまぁ、相変わらず注意を受けるとキレるし周囲をびくびくさせてはいるようだが。
殴る蹴る暴れる凶器をチラ付かせる、といったことは減ったと聞いた。

よしよし。この学園における上下関係が、彼らも少しは理解出来たようだ。満足。

急に…多少なりとも大人しくなった三人組に、真面目な友人は首を捻っていたけどね。
そして僕を呼び止めた。
どうも、騒ぎの渦中にいるのはいつも僕だと捉える傾向のある生徒会長である。失礼だ。

「お前、何かしたのか?」といつかの誰かと同じ問い掛けを寄越し、「挨拶をしただけだよ。先輩として、どうぞ頼ってね、ってさ」と返したら、心の底から胡散臭そうな目をされた。


今日も空は青く、白い雲が棚引いている。

「学園の平和のために、僕もちょっとはがんばってるんだよ」
「……だといいがな」
「信用してないだろ」
「その台詞を学園の生徒十人に聞いて一人でも頷く奴がいたら、信用してやる」


学園のチャイムを外で聞くことにも慣れてしまった二人には、この澄んだ空の高さも最早見慣れた風景だ。それを眺めながら、ふと思う。

世間から外れて自身の修正方法も分からない。
真っ白い紙にすら戻れない子供は、何処に行くのだろう。


「ま、これからだよね」


時間はまだ、沢山ある。
彼らは、この学園にいるのだから。

輪から外れた子供達は今、輪に同化する過程のその只中なのだ。



2013/07/20 20:44

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