授業をボイコットした屋上。
棒つきキャンディーを舌の上で転がしながら、キラは仰向けに寝転がって流れる雲を追う。
「最近、先生たち静かだね」
自分らが特別騒ぎを起こしていないせいもあるけど。ちらっと上へ視線を送る。
壁に寄りかかってノートパソコンを打っていたアスランが、打ち込む指を止めずに答えた。
「最近入った転校生達に掛かりきりなんだろ」
「転校生?」
「別の学校で問題を起こして退学になった奴らを、ラクスがこの学園に引き取ったそうだ」
「ふーん…」
転校生、ねぇ…。
前科付きの生徒。そしてラクスが受け入れた。
「………」
キラは、突き抜けるような青空と雲を、ぼんやり目で追った。
投げ出した四肢に、散らばった髪に、温かな陽射しが染み込んでいく。風だって、心地好い。
「キラ…お前」
「ん?」
「変に興味は持つなよ」
ニヤリと笑い、「善処する」と呟いた。
キラは、友人達を通して彼らの噂を聞いた。
よく意識すると、その噂の転校生達の話題がそこかしこで囁かれているのが分かるほど、彼らは有名人だった。
噂などではなく、事実であるのだが。
随分と凶暴な人種に仕立て上げられたものだ。
問題児というよりは、柄の悪い不良である。
一人はキラと同学年。二人は一つ下の学年へ。
三人はそれぞれ別のクラスに配属されたものの、ワンセットになっている噂はどれも共通している。その態度も姿勢も、その行動そのものが常に周囲をびくつかせ、彼らもまた授業をまともに聞く気はないらしかった。
一人は、授業中別の本を開いている不真面目な態度を注意されたことに腹を立て、教師を蹴りあげて黒板に叩き付け。
一人は、夢中になっていたゲームを取り上げられた怒りで、机や椅子を投げ飛ばし暴れ出す。
一人は、盛大な音量を撒き散らすヘッドホンを没収されて、制服に隠していたナイフを相手に突き付けたという話だ。
「………危険物そのものだねぇ」
留守を頼まれた生徒会室の窓枠に行儀悪く腰掛けながら、キラは生徒がまばらに帰宅していく放課後の校庭を眺めていた。
聞けば最近の彼らは教室にいないことが多く、クラスメイトや教師からしてみたらその方が有り難いのだ、という思いが見え隠れしていた。
腫れ物どころか凶器扱いされているのだろう。
変な例えだが、キラやアスランは優等生な問題児で、彼らは人や物に直接危害を加える、同じ教室にいるのも恐怖される問題児だった。
…気になることもある。
本に、ゲームに、ヘッドホン。
それらは、自分の世界にこもり、世界を遮断する為のアイテム。
「それが三人のアイデンティティーなのかな」
基本、自分から騒ぎを起こしているわけではなく、全てそれらを奪われた時…自分の領域を犯された時にのみ、彼らは噛み付いている。
キラの場合は、日常に楽しさと潤いを求めて騒ぎを起こす。内側の高揚感を満たすために外側へと行動を発露する。
しかし、彼らは。
殻を纏い内側を守る為の鎧を作り出している。多分、純粋に興味が無いのだろう。自分を取り巻くこの世界には。
その、鋭利なまでの危うい空気に、
「………」
静かになりつつある校舎に西陽が差し込む。
眩しさに軽く目を眇めたところで、廊下からの話し声が聞こえてきた。
生徒会室前の掲示板に、何かを貼る作業をしている教師達の声だった。
「―――」「―――――」「―――…」「―――」「――……―」「―――」「…―――…」
「………」
だんだんとキラの眉間には皺が寄り始めた。
それは、聞いていて気持ちの良い内容ではなかったからだ。
噂の転校生の素行と、教師達の苦労。
学園の将来。理解できない理事長への不満。
笑いながら話す内容にしては少々気に障る…。
「ふぅん…」
そういうこと言うんだ。
キラの目が、す…と細められた。
翌日。
「キラ。お前また何かやったのか?」
「なんでー?」
「教師達の顔色が悪かった」
べつに、と顔を逸らす。
こちらの機嫌があまり良くないことは、親友には全部お見通しだろう。それ以上は何も言わずに、ただ溜め息だけを付いていた。
「………、……あの三人組ってさぁ…」
今日の空は、雲が少し多かった。
コンクリートの床に付いた手のひらが、ひんやりと冷たい。
「なんだ?」
「…いや…。…ラクスが選んだんだもんね」
「理事長会議の時にそいつらの話を聞き付けて、実際相手校に見に行ったそうだ」
「そうなの?」
「実際そこで何を見て何を聞いたのかは教えてはくれなかったがな。その日の内に、こちらで引き取ることを承諾したらしい」
「ラクスは基本、来るもの拒まずだしね」
良いものも良くないものも、淘汰せずに自由にさせる。生徒だろうが教師だろうが関係なく。
それが、現理事長の意向。
そして、自分達の幼馴染みの性格だった。
「まぁ、その三人の場合は…」
今のままなら…。
「………」
「どうした」
「…うん。…ちょっと僕、行ってくるわ」
よいしょと立ち上がり、扉へと向かう。
「キラ」
振り返れば、アスランがすぐ近くにいた。
「俺も行く」
「え?」
驚くキラを置いて、アスランは先に屋上の扉を開けた。