『普段、俺の貴重な時間を浪費させている分、お前の時間もこちらによこせ』

いつになく危機迫ったプレッシャーで詰め寄ってきたイザーク。

始めはぶーすか文句を言っていたキラだが、日頃の恩を返せと迫られて言葉に詰まった結果、反論の道は絶たれた。


その他諸々の説得や取引という名の交換条件などを経て、キラは臨時の生徒会役員代理となったのである。

ただし、面倒なので直接の対面交渉の役目はやりたくないと突っぱねた結果、イザークの補佐に付くことになった。



そして迎えた、定例予算会議当日―――。





「なんでレイが僕の真横に座るの」
「見張りだ」

この気に乗じてと、生徒会のデータまで改竄されたらたまらない。
元々イザークの補佐役になる予定だったため、人員的には問題ない。レイは生徒会長の補佐兼問題児の見張りである。

「必要な資料があれば言って下さい。こちらから送ります」
「頭に入れたから別に平気なのに…」

信用されてない…とぶつぶつ呟きながら、この期に及んでもダルそうに顎を机に付きつつ、キラは溜め息を付いていた。

「よし。時間だ」


生徒会局地戦争、開始である。





「増額希望ということだが、理由書に明確な数字がない」
「実績リストには一応載ってるね。前年データだけは」
「…お前達の説明を聞く以前に、資料を作って来るのがルールの筈だが?」
「まぁとりあえず言い分だけでも聞いてあげれば?口頭での説明も交渉の材料なんだし」
「下手な説明ならば却下する」
「ちなみに、君らの言動も口頭筆記で記録してるから。もちろん、現在進行形でね」
「今の問答をデータに組み込んで出せるか?」
「それも今やってるよ。レイ、前年データと照合して。で、イザークのパソコンにも送って」
「改めて検討する。結果は後日伝える。次」



「キラ。ここの今年の実績は」
「んー…悪くもないけど良くもない。元々競技人口少ないし、部活動として正式採用されてる学校も少ないんじゃないの?それで本選まで行きましたって言われてもなぁ…。とりあえず、個人で賞を取ったってぐらいになったら予算を上げればいいと思う。あ、勿論『努力賞』以外でね」
「次」



「この機材分の予算、サバ読んでない?平均価格と大量購入手数料を値引いて希望個数分掛けたら、この予算の八割くらいで収まると思うんだけど。ちなみに僕が再計算して出した数字だと……はい、こんな感じ」
「………、……ああ。確かに、希望予算の八割で充分だな。…いや。新品ではなく修理という形で節約をすれば、七割でも活動にそれほど支障は出ないだろう」
「はいはいっと。算出完了。これでいい?」
「次」



「何この報告書。もしかして君ら、予算交渉初めて?」
「思います、とはなんだ。子供の願望じゃないんだぞ。根拠のある普段の数字を書け。ああ、同様の理由で、この頑張っていきます、という記述も認めない」
「まずは部員を増やすことから始めなよ。報告書一例のコピーをあげるから、次回はそれを参考にして資料作りしてね。レイ、過去の文化部の報告書のデータを出しておいて。多分、三階層目のフォルダに入ってる」
「次」



「ユニホーム、備品費用…遠征、合宿、交通費…主に部員数増による活動費用の増額か…。確かにそれらが揃わなければ部活動そのものが出来ないな」
「だからって部員が倍になったから予算も倍?どんな理論だよ。予算を増やすのはいいけど、希望金額には納得できないね。四割増しくらいでいいんじゃない?」
「計算結果は?」
「んー…、はい、こんなもん」
「次」



「はいはーい。次、俺んとこの予算ね」

元気良く手を上げ進み出てきた旧知の仲のディアッカに、イザークはただ一瞥だけを送り、

「不採用。現状維持」
「なんで!?」
「今この時間になって、お前のふざけたテンションにイラッと来ただけだ」
「あははー、分かる〜」
「キラまで!?」

予算会議はもう終盤。
いい加減、疲労を隠しきれないのである。

「せっかく実績の載った資料も作って来たってのに…」
「よこせ」

ディアッカから受け取った資料に、イザークは軽く目を通し、

「この部活動は貴様の趣味の延長だったな?」
「まぁ…そうだけど?」
「ならば予算は簡単に捻出出来る」
「マジで?」
「貴様の趣味なら私財を投げうてばいい話だ」
「いやソレ完全お前の私情だろうが!」

職権乱用しやがって〜!とぎりぎりするディアッカに、イザークはひたすら涼しい顔をするのみである。

「どう節約するかも仕事のうちだ。予算は湯水のように沸いて出るわけじゃない」
「なんで俺だけ最初から交渉する余地もないんだよ!」
「最も簡単で間違いのない案を提示しているまでだが?」
「こ、れ、は、部活動予算!なの!学園内活動の一貫!なの!」
「はいはいストップ。イザーク、ストレス発散のためにディアッカをからかうのはそこまでね。次の部が後ろで困り果ててるからさ」

ふん、とイザークは鼻を鳴らした。

「生徒会長との交渉は決裂したけど、作ってきた資料に不備はないよ。筋の通った数字だし。持ち帰りこちらで検討、でいいんじゃない?」
「……キラが言うなら問題ない。それでいいだろう」
「お前やっぱりキラには甘いよな…」
「舞踊部、予算二割削減だ」
「は!?」
「だからディアッカは余計な一言が多いんだって…」





そして日暮れを向かえ、星が瞬き始めた頃。


「終わったー!」

交渉相手会長希望の部が圧倒的多数だった為、当然ラストまで残ったのもこの三人だった。
他の役員は、既にもう帰している。

全ての予算交渉を終え、最後の部員を扉の向こうに見送ってすぐ、キラは解放された声を上げた。

あー肩こったー、と首を鳴らすキラと、そしてパソコンの中に整然と並べられたリストを見詰めて、レイは色んな意味を込めた息を付いた。

それは、無事に全て終了したことへの安堵と、

「…さすが…ですね」
「んー?」

一日では無理だろうと危ぶんでいたことが嘘のように、交渉会議は完璧な形で幕を下ろした。

後日完成させる予定だった新予算のリストも、完璧だ。
それらを、口頭記録を打ち込みながら同時進行させたその技術。舌を巻くしかない。

「そう?…事前に、数字を入れたら自動でリスト化されるソフトを組み込んでただけだし」

あとでまた手伝わされるのは勘弁して欲しいからね。…そんな理由で、何処に出しても恥ずかしくないプログラムを作り出したという。

「それに、イザークが的確に不安事項を聞き出してくれたし、レイもしっかりフォローしてくれたでしょ」

ナイスサポート、と笑った。

阿吽の呼吸というか、立て板に水というか、一切詰まることも迷うこともなく、イザークの問いにすらすらと答えてみせたキラ。
横で見ていたレイにしてみれば、その息の合った生徒会長と先輩のやり取りに目を瞠りたかったぐらいだ。

「…キラ」
「なにー?」

お腹へったなぁ…なんてだらしなく机にへばり付き、携帯をいじり始めたキラへ、イザークが真面目な顔を更に真剣見を帯びたものに変えた。


「お前、本気で生徒会に入らないか?」


ぴたり、とキラが動きを止めた。顔を上げてぱちぱち瞬きをし…すぐに緩い笑みを浮かべる。
立ち上がりながら、ひらひらと手を振り、

「なぁに冗談言ってんの。生徒会の中をメチャクチャにして欲しくないって言ったのはイザークだろ」
「それを差し引いても、お前の能力は俺達にとって貴重なものだ」
「だからぁ…僕はやりたくないってば。レイが入ったんだから、別にいいじゃない」
「生かせる才能があるのなら、それを適した場で使う。それも、力を持つものの責任だろう」

うーん…とキラは呟き…、……やがてくすりと微笑する。「なに」と一言呟いてから、首だけ捻りこちらを見て、


「イザークまで僕を縛ろうとするの?」


冷え切った、総てを睥猊する灰色の光が、そこにはあった。…―――自分に振り掛かる全ての障害を、冷たく否定する瞳。

そこに映る光は静かすぎて、怒りとも哀れみとも違う、底の見えない昏さが宿っていた。


暫し交わしあっていた視線を先に外したのは、イザークだった。溜め息と共に目を閉じて、

「お前に言うことを聞かせられる人間がいたら見てみたいもんだな」

キラもまた冷えた空気を引っ込めて、にっこりと笑う。

「うん。僕は素直じゃないからね〜」

ごめんねー、なんて無邪気に微笑み、携帯を耳に宛てた。「あ、アスラン?終わったから帰ろうよ」なんて呟きながら、出ていこうとする。

その間際、疲れたような…残念そうな…そんな声音でイザークは、

「…お前のその力、もう少し真面目に生かせば得られるものもあるだろうに」
「やーだーよ。僕の才能は、楽しいことをするためだけにあるんだから」

こんなめんどくさいことは、もうやんないよ。
そう言い残し、キラは笑いながら生徒会室を出ていった。



「相変わらず、難解な人ですね…」

よく分からない人だとも言う。
溢れるほどの才能を持っているのに、それは全て自身の快楽の為だけに使われる。
問題児というよりは、子供そのものだ。
しかもそれを、善悪を分かりながら動いているから手に負えない。

「…だからこその、キラ・ヤマトなんだろう」

それが、全て。
どんな言葉よりも雄弁で間違いのない台詞に、レイもまた頷くだけだった。

「今日はご苦労だった。詳しい取り纏めは明日にしよう」
「はい。お疲れ様でした」

そうして、予算会議は終了した。





昇降口をくぐり、既に陽の落ちた暗い外に出た時、レイはふと立ち止まった。

そこは、最後の勧誘を受けて自分が頷いた、今の日常の始まりの場所だった。


…―――相応しい能力は、相応しい場所に。


キラがレイを生徒会に誘った時に、口にした言葉だ。

「………」

ならば、彼の望む相応しい場所は、何処なのだろう。いつも、その自由に笑っている人。
自分の力を、もて余すことはないのだろうか。

レイは首を振った。
自分には到底理解出来ない思考の人だ。
考えるだけ無駄だろう。


ただその笑顔が、心からのものであることを、不思議と願うだけだった。



2013/01/27 01:29

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