某日。放課後―――――生徒会室。
業務に励むもの、時間潰しでやって来るもの、色々混ざった室内では、今日も今日とて入り浸るものに属するキラとディアッカが他愛ない雑談を交わしていた。
アスランは本日所用の為、ということで既に帰ってしまった。シンもまた友人達との用事の為に、ここにはいない。
イザークは、いつも以上に難しい顔をして、目の前のパソコン画面を睨み付けている。
「そろそろ休憩すればー?イザーク〜?」
「………」
「やめとけ。今のイザークの耳にはなんも入らねえよ」
「なんで?」
「もうすぐ部の予算会議だからな」
「ふーん…」
部活には何も所属していないキラには、あまり興味がないらしい。
この学園には帰宅部も多いから、その行事を知らない生徒もかなりいる。キラもその一人だ。
「会長、こちらにも目を通しておいて下さい」
「中身は?」
「各部の前年予算と、実際の使用額、内訳の相対比率のリストです。おそらく部の申請時に同じものを提示してくるとは思いますが、先に記憶しておいた方が話は早いかと思いますので」
「そうか。助かる」
いえ、と一言だけを返し、レイは自分の椅子に戻った。
さすがというべきか、レイの根回しの良さは、イザークの負担を確実に減らしていた。
この予算会議の前に、彼を生徒会に確保出来たことは、本当に貴重だったのかもしれない。
…それを行ったキラ当人は、「イザークの眉間の皺が減って良かったね〜」なんてのほほんと呟いていた程度だが。
時間が惜しいとばかりに、早速イザークはその資料に目を通し始めた。
それを見たディアッカは、不意に思い付く。ちょうどいいからその会議の件で、と思い出し、
「そういやさぁ、イザーク。その週末の会議のことなんだけど、」
「黙れ。削ぐぞ」
「何を!?」
毎度のことだが、予算会議前のイザークの気配はぴりぴりしていた。その話題に触れられると、目付きがいつも以上につり上がる。
「知り合いだろうが例外は認めん。希望の予算が欲しければ、実績の載った報告書を作って決められた時間内に交渉に来い」
話は終わったと目線すら上げないイザークに、ディアッカは「はいはい」と手を振り溜め息を付くのみだった。
四ヶ月に一度の部活動定例予算会議―――。
生徒会が、各部代表との活動費用を交渉する場を設けた会議である。
会議という名が付いてはいるが、進行は至ってシンプル。
生徒会役員の前で過去の実績と主張を熱弁し、自分らの部活動予算を勝ち取るのである。
ただ「お願いします!」と叫ぶだけでは当然、通らない。説得力のある資料を片手に彼らは交渉の場に望まねばならない。
イザークの代になってからは、特にそれが顕著で、目に見える形での提示が必須となった。
それは『根拠となる実績』という意味でもあるし、『理路整然とした報告書提出』という意味でもある。
馴れ合いや付き合いの長さ深さでは、決してイザーク・ジュールは陥落出来ない。
彼を信頼しているからこそ、学園の長である校長も理事長も、予算配分の権限を全て生徒会長に一任していた。
今、一部の学園生達は、その日に向けて入念な資料作りに追われていた。
ある意味では授業よりも大事だと、意識は会議への備えへと向かう。
各部は資料作りでバタバタするし、それの中心となる生徒会も準備の為に奔走する。
実際、この時期になると生徒会による予算決めは多忙を極めた。特に、その長であるイザークの忙殺ぶりは群を抜いていた。
そんなわけで、予算交渉会議―――という名の熾烈な戦争―――は、他の生徒会役員にとっても、過酷を極める一日となる。
交渉内容、主張内容を記録する速記力…文字打ち入力技術。
言動との矛盾がないかを確認する記憶力と、データを引き出すパソコン技術。
提示された希望予算額と、それに見会う実績結果との整合性を弾き出す高い計算力。
生徒会長が求めるレベルが、交渉者と役員側双方共に高い為、いろんな意味でオーバーヒートする者が出る。…主に、役員側が。
そんな、各自の諸々の事情で、影の一大行事に万全の体制で望まなければならない現在。
今年は期待のホープ、レイ・ザ・バレルが生徒会に入ったこともあり、多少の大変さは軽減出来ると他のメンバー達も安堵していた。
が。
「通年よりも数が多い―――?」
「はい。どうやら、次回の予算会議が実質一年後になるだろうという理由から、申請が殺到したようです」
会議を三日後に控えたその日。
会議参加希望部のリストと、それを差し出したレイの顔を見上げ、イザークは眉を寄せた。