「はぁ!?なんで僕なんだよ!!」
生徒会室の扉を開けようとした途端耳を射った叫び声に、シンはびくりと肩を揺らした。
そろ〜…と入室した室内には、キラと生徒会長とレイがいた。
シンが入って来たことにレイは気付いて目を向けてきたが、キラとイザークは言い合いを続けていてシンには目もくれない。気付いているのかも怪しい。
二人から離れた場所で、何かの資料作りをしているレイにソロソロと近付き、シンはこそりと耳を寄せた。
「なに…?…なんかあったの?」
「俺の生徒会入りに関してらしいが」
「え…、なんで?」
もしかして、今更ながら問題発生か?
キラが求め、イザークも認め、現にこうして生徒会業務も行っているのに。
「生徒会に入ったことに対しては、別に問題はないという話だ。ただ、それについての手続きが色々とあるようだな」
「ふーん…」
迫熱した口論は、どちらかというと一方的にキラが噛み付いているように見えた。
納得出来ない!と反論している。
「校則を知らないとは言わせないぞ。お前はそのルールを上手く掻い潜って騒ぎを起こしているんだからな」
「校則なら覚えてるよもちろん。でもなんで僕が行かなきゃならないの」
「レイ・ザ・バレルの生徒会入りを推薦したのは、お前ということになっているんだ」
「そんなのいくらでもごまかせるでしょ!イザークから言った方が早いじゃ、」
「お前を名指しで指定してきたからだ」
「は?」
頭を押さえながら、イザークは息を付いた。
「報告者は、キラ・ヤマトであるようにと」
「な」
「あちらからの希望ならば、拒否する理由がないだろう?……諦めろ」
キラはとうとう黙り込んだ。決定的な一言だったようだ。俯いたまま、少しの間微動だにせず動きを止め……、……やがて。
シン、と背を向けたままキラが名を呼んだ。
なんだ。やっぱり俺が入って来たのには気付いてたのか。
「なんですか?」
「…ちょっと付き合って欲しいんだけど」
行くよ、と感情の籠らない一言を呟き、キラはそのまま扉へと向かった。
「え?行くってどこに?」
心底嫌そうな顔をして、キラは唸った。
「―――――校長室」
生徒会長から、いきさつを簡単に聞かされた。
…―――生徒会役員の出入りがあった場合は、速やかに校長まで報告を上げること。
それが、この学園におけるルールだった。
だが大体が書類上のことなので、わざわざ口頭で伝える必要はない。…と、いう話なのだが。
校長室へと無言で歩くキラの隣を、シンもまた黙々と歩いていた。そっとキラの横顔を窺う。
「………キ」
「……………」
………明らかに機嫌が底辺だった。
それ以上言葉を発することも出来ず、肩が強張る思いで、件の『校長』という人を思い浮かべようとシンは過去を遡る。
多分、入学式や季節のイベント行事で見ているんだろう。壇上から生徒に激励や挨拶を述べていたような気もするが、その姿はぼんやりとしか記憶に残っていない。興味のないことは右から左なのだ。
総じて校長というものは、普段何をしているか分からないものだし、滅多に表には出てこないおエラいさんだ。覚えてなくても仕方がないと自分で納得する。
…でも、そんな人物とキラさんが…?
有名人として名を馳せているキラではあるが、校長との関係性が見えてこない。首を捻る。
何も知らない場所に付き合って飛び込んで行くのも嫌だと思い…シンは勇気を出して尋ねた。
「……あの…、キラさん…?」
「なに」
「な、なんでそんなに嫌そうなんですか…?」
ビクビクしながら聞いた言葉に、キラはきっぱりと断言した。
「キライだから」
実にシンプルな一言だった。
「きらい…って…」
「そのままだよ。嫌いなんだ。校長が」
あまりに子供っぽい理由に聞こえたのだが、その声の硬質さと単調さに、かえって言葉を無くしてしまう。
「立場は校長だけど、僕は敬えない」
シンはごくりと息を飲む。キラの周りの温度が下がった気がした。燦々とした陽光の降り注ぐ廊下が、薄ら寒く見えてくる。
「会いたくないし、近付きたくもない。…とにかく、この学園一嫌いな人」
淡々と呟いて、キラは足をぴたりと止めた。
シンもまた立ち止まった先を見上げる。
銀縁銀文字の【校長室】のプレート。
ドアノブの持ち手は、金色の洒落た装飾。
そこに手を掛けたキラは、訪れの声すら一切かけずに、勢いよく扉をぶち開けた。