「キラさん。…迎えに来ましたけど」

開いたままの扉を後ろ手に叩き、シンは窓枠に座り込んで外を眺めるキラに声をかけた。



「んー…」

生返事だ。視線は外から外れない。

帰りの自転車に乗せてって、とメールが来て、放課後言われた場所にやって来たというのに、その呼び出した張本人は全く動く気配がない。

何をそんなに夢中になっているのかと、シンは歩み寄って窓の向こうを覗いた。

そこから見えるのは部活棟。
運動部・文化部、混在してるそれらの共通点は全て、板間か畳の床のある部室だということ。

「…あれって…」
「うん。あそこにいるの、ディアッカだね」
「あの格好」
「着物来て舞ってる?っていうのかな。ただ今一生懸命部活動中」
「なんか意外…」
「だよねぇ」

開け放された部室の扉の向こうにちらちらと過る金髪と、藍色の織物。
洋服と呼ぶには鮮やか過ぎる色を纏い、背筋と腕を懍と伸ばし、時にしならせる。

派手な金の髪色に、あの姿は何だか…、

「なんかおかしいって思ったでしょ」
「え、いや!」

ニヤとキラは笑い、分かる分かると声を上げ、

「あれで舞踊部!風紀委員!爆笑だよねぇ!」

けらけらと大声で笑い転げ出した。

「キラさん…一応友達でしょうが…」

フォローするのは、何故か自分の方だった。
あんた、今さっきまで夢中で見てただろうが。

シンの半目にも、しかしキラは動じない。
目元を拭う仕草をしながら、笑い続けている。

「だってさぁ、イメージ違い過ぎでしょ。初めてディアッカの趣味聞いた時僕も笑ったもん」

似合わない不釣り合いと言われる風紀委員は、自分の預かり知らぬところで勝手に決められた役目だが、趣味までもが突っ込まれるってのはどうなんだろう…。

「ま、普段はダラダラしてて何にもやる気無さそうだけど、好きなことに対しては真面目なんだよね」
「ふーん…」
「ホント、部活やってる時のディアッカは生き生きしてるから」

…僕も、見てるのが楽しいんだ。ここからは、部活に勤しむ友人の姿がよく見えるから。

穏やかな微笑みを口元に浮かべながら、遠く、浮世離れした風景をキラは見守る。

「………、部室の近くで見てればいいのに…」
「ん?」
「その方がよく見えるんじゃないですか?」
「………いや、いいよ」

…珍しい。その、遠慮がちな態度。
不思議でならないと表情から溢れていたのだろう。シンの顔を見たキラは、視線を外した。

「なんかさぁ…日舞とか茶道とか…華道や弓道もだけど、近寄り難い雰囲気があるんだよね」
「………」
「珍しく真剣な顔してやってることに、茶々は入れたくないし」
「………、……キラさんて」
「なに」
「変なところで真面目ですね…」

乗り込むこともせず、ただここから部活棟を眺めているだけの姿があまりにも普段と違い過ぎて、至極奇妙なものに思えてくる。
キラはムッとしたようだ。

「…遠目に見てる方がキレイなんだもん」

確かにふわふわと風を孕んで色粉のように舞う姿は、近くでよりも遠くからの方が魅力的に見えるのだろう。静ではなく、流れるような動の緩やかな波。空中で描かれる流線形の美。

「そうですか…」

視線を窓の外に戻したキラは、その珍しい光景に見入るように再び沈黙した。
これは暫く、この場から動きそうにないな…。

時計を確認したら、間もなく陽が暮れる時間だった。それから、隣のキラの横顔を見て、

「ちょうどいいから、あっちと一緒に帰ればいいんじゃないですか?」
「ディアッカと?」
「向こうもチャリでしょ?…俺、もう帰りたいし」

まだ眺めてたいと思うんなら、思う存分見てから帰ればいい。その、本人と一緒に。

「じゃ、そういうわけで俺は帰ります」

勝手に呼び出されたことへの苛立ちは、何故か無かった。…なんだろう。
貴重なキラの、殊勝な態度を見られたからだろうか。この人の、近しい人間に対しての親しみを、身近で見られたからだろうか。

「シンー?…ホントに帰っちゃうの?」
「帰ります。…俺、必要ないみたいだし?」

不思議と軽い気持ちでそう言っていた。

…あ、それと。
扉を通り抜ける間際、シンは振り返り、

「俺、もう一つ、あの先輩が生き生きしてる瞬間を知ってますよ」

きょとんとするキラに、シンは笑った。

「キラさんと騒いでる時。馬鹿なことで笑いあってる時も。二人とも、超生き生きしてる」

じゃ、また明日。

教室にキラを一人残し、シンは扉を閉めた。





自転車置き場へ向かう廊下の途中。
頬に触れた風と眩しい光にシンは足を止めた。

西陽が射し始めた窓の向こうからは、部活動に汗を流す生徒達の掛け声。赤い景色に、学校特有のそれらが染み込んでいく。

…この夕暮れの色合いは、あの舞踊の飾りにもなるだろうか。

鮮やかな朱色。遠くから見る陽炎の美しさ。


シンは、瞳に映る窓越しの風景に、そっと眼を細めた。



2013/01/11 16:06

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