シンは、レイの前へと一歩進み出た。

「もうお前の負け。そっちこそいい加減に諦めたら?」
「なに?」
「キラさんはしつこいから、一度決めたら絶対に諦めないよ。タコの吸盤並み。餌を見付けた肉食獣並み」

つまり、狙いを付けられたらもうアウト。

「何さらっと僕の悪口言ってんの」
「キラさんは自覚が無さすぎです」
「やりたいことやって何が悪いんだよ」
「迷惑が及ぶ範囲が広すぎ…って、もうアンタは黙ってて下さい!」

言いたいことは散々言ったでしょ!
ぶー…と頬を膨らませるキラを横に押し退け、シンが代わりにレイの前に立った。

「というワケで、もういいだろ?必要だと思わなければ、こんな面倒な説得なんかしないし」
「………」

もっと言ってやれーシンアスカー、とかエールを出している。恥ずかしい人だな。

「人を見る目は…多分…、あるんだ…し…?」
「どっちなんだ」
「んー…多分、ある、…と思う。…多分」

この人の思考回路は難解過ぎてよく分からない。どういう基準でお気に入りを選んでいるのか見当が付かない。

いや、俺が声を掛けられたそもそもの原因は、この人の退屈しのぎから始まったことだし、それからは下僕扱い?…だし。ならコイツを巻き込まない方がイイのかな…やっぱり。

「…シン。何考えてんの」
「はっ。いや!なんでもないっす!」

いけない。肝心な人の機嫌を下げてどうする。
目の前のレイも、不振そうな呆れたような…、微妙な表情をしている。

「…随分と面白いコンビですね。貴方の相棒はアスラン・ザラだと聞いていましたが」
「ああ、シンは後輩だもん。先輩特権を使いまくれる相手」
「おい」
「あ、じゃあさ、レイがシンの相棒になってあげてよ」

は?…二人は同時に目を丸くした。
またこの人は何を言い出して…、

「試験前とかさー、レイみたいな秀才がいると助かるんだよね〜。このコいっつも赤点ギリギリだか」
「うわー!黙れー!」

今関係ないし!俺の成績とか関係ないし!
ほら見ろキラさんのワケ分かんない発言にレイもぽかんとしてるじゃないか!

「生徒会役員、兼、シンの相棒。うん。決まりだね」

おい。後ろに余計なものがくっついてるって。シンは脱力した。

だがキラは自分の言った言葉に満足して、レイにもう一度向き直った。
手のひらを差し出して、笑う。

「改めてお願いするよ。君の力、この学園のために貸してくれないかな」

脅し交じりの理論詰め。説得と呼べるか分からない説得の後のその誠実そうな優しい表情は、卑怯の何者でもない。

けれどきっと。
…こいつの返事はもう、決まっているだろう。

「…もう、逃げ回るのも無駄みたいですね…」

キラとの付き合いは、まず『諦め』から入る。
それはもう、皆一度は通る洗礼と儀式のようなものだ。

目の前の、キラにとっては後輩、自分にとっては同級生もまた、そうして巻き込まれていく。
『諦め』の、溜め息と共に。


「…分かりました。……お受けします」


シンの目が喜びに変わる。

そして笑顔で言葉を続けようと口を開きかけた瞬間……キラが横をすり抜けて、満面の笑みでレイへと飛び付いた。

「やったー!役員ゲットー!」

それは犬がじゃれつくような抱擁だったが、スキンシップに慣れていないレイには刺激が強かったようだ。

「な、にを急に…!…離してください!」

腕を突っぱねて、自らべりっとキラの身体を引き離した。

ああ、もう、この人は…!
赤面したくなるのこっちの方だ。
キラだけが、不思議そうな表情で「あれー?なんでー?」と首を傾げている。「平気なハズなのに…」なんてことも呟いていた。

「あんたの感性で人を測るんじゃないって!」
「えー…」
「可愛くないし!」

ちぇ、と唇を尖らせる。

「おい、大丈夫か?」
「……ああ…」

深く溜め息を付くレイ。
気持ちは分かる。うん。

「本当に、言葉通りだな…」
「…?…何が?」
「退屈しないんだろう?」
「…ああ…まぁ…」

生徒会に入れば、自然とキラとの接点が生まれるだろう。そうすれば、ほら。
もう、キラ・ヤマトの起こす日常の輪の中だ。
退屈なんて言っていられない。

「やっぱり、お前には苦手なことなんじゃねぇの?…自分でも勧めといてなんだけど、無理してるなら」
「いいや」

レイはきっぱりと否定した。
俺は別に、流されて頷いたわけじゃないと。

「日常にメリハリが出るというのなら…確かに悪くはないからな」

レイは、微かに笑った。

「………」
「…?…どうした」
「……笑った…。…お前…笑えるんだ…」

シンが呆然と呟けば、「俺をどういう人間だと思っていたんだ」と不機嫌そうに返ってくる。

「いや、だってお前…」
「あーレイの笑った顔、久しぶりに見たなぁ」

久しぶり?と二人が疑問に思う間もなく、キラはレイを促した。

「じゃあ、レイの気が変わる前に早く生徒会室に行こうよ」

レイの腕を取り、戸惑う本人などお構いなしで引っ張るように校舎へと入っていく。

嵐のように去っていった二人(主に一人)に、シンはしばし呆気に取られて固まっていたが。
取り残されたことに気付いて慌てて走り出す。



「イザークも、レイなら納得してくれるよね」
「もしかして、生徒会長の許可を取らずに自分のところに来ていたんですか?」
「うん。言ったところで、必要ないとか言って相手にしてくれないだろうし」
「………」
「生徒会役員の募集も、別にしてなかったし」
「だろうと思いましたよ。どうせキラさんの思い付きでしょうが」
「………」
「あー、大丈夫大丈夫。不安に思わなくていいよ。僕が説明するから」
「違うって。呆れてるんですよ、レイは」
「人は欲しいけど適役がいないから放置してただけだしね〜」
「話聞けよ」
「これで少しはイザークのお小言が減るかな」
「………」
「あ!誤解すんなよ!?この人だって一応ちゃんと、学園のことを考えてだな」
「……もういい」
「お前完全引いてるじゃん!無口無愛想な時に戻ってんじゃん!」
「二人共そこで何してるのー?着いたよー?」
「とにかく行けって!会長は悪い人じゃないんだし、生徒会の仕事も、」
「分かってる。もう覚悟は決めてる」
「え?」

陽光を弾く金髪の下で、空色の眼差しが光りを帯びた。


「ここが多分、俺の居場所になるんだろう」


ガラリと開けた扉。

覗いた新しい景色。


キラが、叫んだ。


「イザーク!期待の新人を連れてきたよ!!」



2012/12/15 15:44

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -