翌日から、キラの猛アタックが始まった。

昼休み、放課後問わず。
教室で。廊下で。下駄箱で。
生徒会への勧誘を繰り返す。
さすがに授業に支障が出る時間帯は無かったようだが、シンが付き合った時以外でも、さまざまなアピールを繰り返していたという話だ。

アイツもよくキレねぇなぁ…と思ったが、元が無口な人間らしいので、いつも「結構です」「興味ありません」「そこを通して下さい」の一言二言で会話が終了してしまうらしい。


だが流石に一週間が経つと、動かないソイツの表情にも苛立ちが出るようになってきた。

キラだけが常に笑顔を絶やさず駆け寄っていく。どんな言葉で一刀両断されても諦めずに。
それが尚、相手の怒りに拍車をかけているようだった。

そしてとうとう、ヤツもキレた。


「…―――いい加減にして下さい」


放課後。
玄関昇降口にほど近い中庭。
静かな怒りを称えたレイの、心底苛立ちを孕んだ目付きに晒された。

露骨な負の感情に晒されたことのないシンは、それだけで肩を強張らせる。少しだけ、キラの後ろに下がった。
だが、それを真っ正面から受けているキラは、相変わらず飄々と佇んでいる。むしろ。

「あ、やっとまともに話を聞いてくれる気になったんだ」
「…どういう意味ですか」
「こっちと目も合わせようとしてくれなかったでしょう。今までは」

にっこりと。望み通りの結果にはまってくれたことが喜ばしいのか、笑っている。
反比例するように、相手の表情は冷たくなる。

それでね、今日もお願いに来たよ。
どんなに寒々しい気配に包まれようとも、キラの態度もまた一切変わらなかった。

「僕の友達を、助けて欲しいんだ」
「貴方が大人しくすればいい話ではないですか?」

流石にキラの問題児っぷりは、耳に入っているようだ。そこを突っ込まれて、キラはどう答えるのだろうと、シンはちらっと隣を伺う。

「僕も生徒会長も、やりたいことやってる結果が今なの。僕が大人しくなったところで彼の仕事面が楽になるわけじゃないから」
「………」
「マイナスをゼロにしたいんじゃなくて、プラスにしたいんだ。この学園の為にもね」
「…そうですか」

納得しているのかいないのか、よく分からない返事だった。
でも確かに、生徒会の雑務は膨大だ。その中心にいる友人の為に何か出来ることを。そんなキラの考え方も、一応筋は通る。
とはいえ、やっぱりキラさん自身の今後の為のような気がするんだけど…、

「なら、貴方が生徒会に入ればいい」
「やだね。自由が無くなる」

…やっぱり。優先順位はそっちか。

「それに、適材適所なんだよ。僕にもできることがあるかもしれないけど、僕以上に秀でた能力を持っている人間がいるならそっちを推薦するのは当然だろ?」
「あなた以上…?」
「うん。きみ、得意でしょ。裏方で動くのとか」

何処からそんな根拠を持ってくるんだ。
シンは…おそらくはレイの方も、思った筈。

あんなにもデカデカと、上位組に名前を連ねている人間が。いつものことだと、冷めたようにその結果を受け止めている本人には…驚きも感動もないかもしれないが。毎度変わらない、当然の実力を示す相手に。
そんな、昔からの秀才気質がある人間に、『目立たないポジションの方が適役だよね』と断定して話を進めている。

「本当はあまり、トップに立つのは好きじゃない…目立ちたくないみたいだけど」

レイは微かに反応を見せた。

「準備したり計算したり、根回しをしたり。きっとそういうサポートポジションの方が、得意そうに見えるんだ」

っていうか、間違いないから。
自信満々にキラは言い切った。

「キラさん…何でそこまで」
「分かるのかって?…それは勿論、調べたからね」

情報を掴むものが、社会においては勝者だよ。
キラが自分で語る掌の中の才能は、キラ自身がそれを体現していた。

「この学園にいる人間で、僕が調べられない人はいないよ。……たった一人を除けば」
「何かまた…、意味深なことを…」

シンの呟きにキラはただ笑い、

「とにかく、そういう組織の補佐的なポジションの方が、君の能力を発揮できるハズ」
「人のことを勝手に分析して楽しいんですか」
「楽しいね」

それが僕の生き甲斐だよ。
一切の後ろめたさなど見せずにキラは笑った。
そして、相手にとって弱味になるであろう部分を抉る、決定的な一言を告げる。

「お世話になった人の為に、内申は優秀なままで卒業したい…だったっけ?」

今度はあからさまに、レイの表情が狼狽えた。

「…どうして…」
「んー…何となく?…君の経歴と行動パターンと考え方を組み立てたら、きっとそうかなぁって」

ん?シンは内心首を捻る。
学園の人間の『情報』までは調べられても、好き嫌いなども含めた『思考』までは、一朝一夕で分かるものじゃないのではないだろうか。それとも頭が回るこの人だから、『情報』から推測でもしたのか。行動パターンを知るほど長い付き合いでも近しい間柄でもないだろうに。

「矢面に立つよりも、一歩引いたところで世間を見ている方が性に合ってるんじゃない?自分でもそう思ってるんじゃないの?」
「………」
「でも、優秀な評価は残したい。自分以外の人のために。…だからさ?」

そこで初めてキラは、邪気のない嬉しそうな笑顔を見せた。
警戒心も露にしていたレイが、拍子抜けした顔になるほどに。

「生徒会に入れば、内申は安泰。目立たなくても評価は二重丸。僕の友人も楽になる。…ね?イイこと尽くしだよね?」

それにさぁ。レイ。
…君はさ、

「毎日が、つまらないと思ってるでしょう?」

言われて始めて自覚した。そう言わんばかりの居を突かれた表情で、レイはキラを見返した。

「『つまらない』…?」
「うん。何となく朝起きて、何となく学校に来て、何となく一日が終わって卒業していくんだろうなって、思ったことはない?」
「………」
「流されるままに生きてる人生なんて、つまんないよね」

キラの中の座右の銘には、きっと、『人生太く短く面白く』とあるに違いない。
らし過ぎて、シンは吹き出しそうになってしまった。そして、毎日巻き起こる決して静かではない日々を思い出す。

「生徒会に入れば、楽しいよ」

それに。と。

一点の曇りもない、自信満々な笑みを見せた。

「僕の近くにいれば、退屈させないよ」

毎日を、とても濃い日常にしてあげる。

ああ。これがこの人の最大の殺し文句だ。
自分もこのセリフと、この自信満々な笑顔に落とされた。
誰も、この人の持つ自由奔放な…白い風のような魅力には、勝てないのだ。

関係ないのに、シンは自分の方こそが説得されたような気持ちになってしまい、全てを諦めたような…妙に納得したような、不思議な気分になって自嘲した。



2012/12/11 17:17

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