脱力した四肢。
疲れと鈍った思考と、多分の諦め。
暗い壁に座り寄りかかりながら、クルーゼは目の前で静かに佇むキラを見上げた。
「最後が君と一緒なのも、悪くない」
手負いでそれ以上動くことが出来ないクルーゼは、自分の終わりを悟って笑う。
心から穏やかな、笑顔。
「最後まで仮面を手放さない人間の台詞なんて、信用できないんですよ」
キラは仮面を取り去る。
素顔など何度も見てきたから、今さら珍しい顔でもない。
しかしその眼に浮かぶ色に、キラは拳を強く握った。
満身創痍、美しかった金色は埃にまみれている。
その隣へと、壁からずり落ちるように座り込み、聞こえてくる追跡の警告音をキラは何処か遠い世界のように聞いた。
指先に触れる仮面の硬い感触を持ち上げ、自分の目元に当てる。
細い、無機物越しの風景。
「…ああ。貴方が見ていた世界は、こんなふうだったんだ」
「狭い視界であるだろう?」
「そうですね。見たいものも見えない」
この仮面を奪い取ったことは数知れない。
美形な顔付きをしているくせに、隠そうとしていることが許せなくて。
でも本当は、隠そうとしていたのではなく、ただ見たくなかっただけなのかもしれない。
生の景色を。生々しい現実の世界を。
キラは溜め息を付いて、もう興味はない、と仮面を遠くに放り投げた。
からん、と二人の目の前に転がって行った。
「逃げないのか? 君一人なら」
「今更。…どこに行けるって?」
自分達は犯罪者。テロリスト。
世界を混乱させるだけの、有害因子。
その生まれから終わりまで、自分らは人に負の遺産しか遺すことが出来ない存在だった。
「まだまだやってやりたいことはあったけど」
自分達の所業がただの逆怨みなのだということは、言われるまでもなく分かっている。
それでも走り抜けた、星屑のようだった人生。
充分世界への復讐はできたから…。潮時かな。
「ここで終わるのも、穏やかでいいんじゃないかって」
手足から力を抜いて投げ出して、隣の肩に寄りかかった。…こんなに近い距離は久しぶりだな、なんて思いながら。
「随分と諦めの早い台詞だな。らしくない」
「もういい加減、僕も疲れました」
キラは静かに、瞼を落とした。
「世界は、一人で生きるには広すぎる」
狭い世界しか知らなかった僕にとって、この世界はあまりに広過ぎた。
己の身の内の、極小の螺旋世界に運命を握られ、そんな小さなものにすら抗えず翻弄されていた自分には、外の世界、なんて。
自由は、真っ白過ぎて終わりが無かった。
真っ黒なブラックホールみたいなものだった。
僕がいきたい場所は、もう、ない。
「二人一緒に終わりを迎えられるなんて、奇跡じゃないですか」
「…そうだな」
肩が引き寄せられ、胸に埋められた。
心臓の、音。
大きな手のひらが、頭を撫でた。
幼い時以来の、無骨な感触。
この手は、いろんなものを奪った手だった。
いろんなものを失っていった手だった。
そして、いろんなもの与えてくれた手だった。
「僕の人生、幸せでは無かったけど、不幸でも無かった」
もし次の世界があるならば、…願わくば。
この指先が触れるものが、冷たいトリガーではなく誰かの温かい手のひらでありますように。