D.G-Dr ほかも | ナノ


▼ 世界が変わる瞬間

「お願いっ!もうありすしか居ないの!」

そう言って頭下げられたら断れなかった。友達の頼みごとは合コンの人数合わせだった。

「でさっ、そん時××が〜」
「やだぁ!」
「えー!」
「……」

楽しくない。全くもって楽しくない男の話に友達が一生懸命話を合わせる。合コンが始まってから二時間が経っていた。

「ごめん、お手洗い」とだけ伝えて個室を出る。やっと解放されて肩の力が下りたところでさっきからずっと聞こえていた男の声が曲がり角の向こうからした。

「マッジかよ!うわっあり得ねー!」

聞こえた声に思わず身を隠す。今日の合コンは男4、女3の不釣り合わせな人数だったが、実施わたしはただの人数合わせなので4対2と女が得、らしい。何が得かは知らないが。
そして今大声で聞こえた声はその内の一人。やたらチャラくていかにもキレイなオンナしか相手しませーんタイプの、わたしの苦手なやつだった。

「ないないマジない!あんなののどこがイイ訳?」
「……」
「はぁ?お前、もっと女選べよ!あんなのよりイイ女なんてゴマンといんだぜ?お前、顔いいんだし女の前で愛想笑いの一つでもしたら女はイチコロだっつーの」

どうやらもう一人と会話しているらしい。部屋に一人男子が残っていたからあとの三人のうちの誰かなのだろう。そもそも合コンに興味がなくてずっとご飯を頬張っていたわたしにしてみればあとの三人がどんな人だったかもよく思い出せないほどだ。ここは聞かなかったことにしよう。そう思った。

「つか、合コンにスッピンってあり得なくね?」

その言葉に思わず体が竦む。

「中学じゃあるまいし、せめて化粧の一つはしてこいっつーの」

わたしのことだ。二人はちゃんと綺麗にマスカラもして、リップでぷるるんな唇をしてる。三人の中でスッピンなのはわたしだけ。

「……なんだ、あり得ないんじゃん」

本当はちょっとだけ期待していた。男嫌いな自分が何かのきっかけで変わることを。周りの女の子が恋バナに花を咲かせるのを可愛いなんて言いながら内心焦っていたことを。こんなわたしでも変われるんじゃないかって。

「ははっ……バカみたい」

でもそれは単なる空想にすぎなかった。男子から見てもこんな女に興味はないということだ。
やけに胸がガランとした。好きでもない男の言葉が胸に刺さった。何のために合コンに来たのかと言われれば彼女達のためだったけど、陰口を叩かれてまで此処にいる理由をわたしは見出せなかった。

あ、だめだ。そう思って部屋へと引き返す。まだ二人はつまらない男の話に夢中になっていたけど、財布から適当に金を出して隣の彼女に掴ませた。漸く気付いた彼女が「どうしたの?」と驚いたようにきいてきたが、「ごめん、酔った」と言い残して部屋を出る。
早く、早く、どこか人気のない所へ、と足を急かして店の玄関を抜け、そのまま駅へと走る。ふと見た路地が限界だった。

「〜〜っ」

泣くな泣くな我慢しろ。
何度も何度も頭で喝を入れる。

あんなヤツのためになんか泣くな。あんなヤツの言葉に泣いて悔しくないのか。
そう大声を張り上げる自分の後ろで、でもアイツの言ったことは正論だったんじゃないか、痛いところを突かれたから苦しいんじゃないかと自分を責める声が聞こえてきた。
もう何に対して泣き出したのか、自分にも分からなかった。

どれくらい泣いただろうか。今、何時だろ、と鞄を漁るも携帯が見当たらない。そういや最後に携帯を触ったのがひとしきり注文をとった後だったからお店に忘れてきたんだな、とぼんやり考えていたら突然視界が暗くなった。

「あれれ〜?おじょうちゃん、こんなところでどっしたの〜?おじさんがおはなししたげよっか〜?」

見るからに酔っ払いだった。

「だい、じょーぶデス」そう言って立ち去ろうとすると腕を掴まれる。

「泣いてたんでしょ〜?おじさんがなぐさめてあげるよぉ?」
「っ、結構です!」

なおもしつこく掴んだままの手を振り払おうと抵抗したら、さっきまでゲスい顔で笑っていた酔っ払いの顔が歪んで一気に頭が白くなる。

「なんだよ人が優しくしたら、ッ」

振り上げられた手に声が出なかった。次に来るだろう衝撃に目を瞑る。が、それはいつになっても来なかった。

「警察、呼びますよ」

恐る恐る瞼を開けば背の高い男の子が酔っ払いの腕を掴んでいた。酔っ払いが舌打ちと暴言を吐いて去っていく。何と言っていたかは分からなかったが、やっと解放されて腰が抜けたわたしはヘナヘナと地面にしゃがみ込んだ。

「よかった、間に合った。怪我は?どこか痛い?」

優しい言葉に首を振る。

「店出ていくのが見えたから追っかけたんだけど見当たらなくて。駅までいったけど追い越した風でもなかったからおかしいなって。戻ってきてよかった」
「あの、」
「なに?」
「えっと、その、」
「赤葦。赤葦京治」
「あ、えっと、赤葦君、は、わたしを追いかけてきた、の?」
「うん」
「……どうして?」

不本意ながらわたしは男から見てあり得ない女だ。追いかけたところで彼にメリットなんてないだろう。

「…俺もちょうど、抜けようと思ってたから」
「……そっ、か」

よかった。気がした。ここで万が一にも優しい言葉を言われたら、きっとわたしは彼に期待していただろうから。胸に空いた穴は未だぽっかり空いていたけど、親切に助けてくれた優しさだけでも十分だと自分に言い聞かせた。

「助けてくれてありがとう。もう、大丈夫だから」
「家まで送る」
「いい、もう平気だから」
「ダメ」
「でも、」
「ダメなものはダメ。女の子なんだから。素直に送られてよ」

女の子なんだから。その言葉の先に期待してはいけないと思いながらも弱った心はまだ強がりきれなくて、結局わたしは赤葦君と一緒に電車に乗った。

わたしの最寄り駅で二人して下りる。家までの道を聞かれたので最短ルートを伝えたら多少の地理があったのか「そっちは危ないから」ということで少し迂回して帰ることになった。


まばらな街灯の下を二人で歩いていたら二歩前を歩く赤葦君が話しかけてきた。

「さっきの、どうして追いかけてきたのかってやつ。ごめん。嘘ついた」
「うん…え?」
「本当はありすさんと一緒に帰りたいなって思ってたんだ」

「家、ここだよね?」と振り返る彼に意味が分からなくて立ち尽くす。

「あんなことがあった後だから。我慢しなくちゃって思ったんだけど」

そう言って赤葦君が近づき、目の前で止まる。

「やっぱり他のヤツにとられなくないから」

赤葦君が屈んで縮まる視線。少しだけ触れた唇が暖かかった。

「ごめん。でも、よかったら俺と交際前提で友達になってくれませんか」




世界が変わった瞬間だった。

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