▼ 梟は静かに狙い定める
「ありす」
「赤葦先輩」
「こんな時間に一人でなにしてんの」
「いやぁ、月がきれいだなーって」
「他校の生徒も居るんだから。ほら、マネの部屋に戻るよ」
そういって差し出された左手を私は一瞬躊躇する。
今からマネの部屋に戻るということはアソコを通るということだ。背中を汗が伝う。
「ありす……?」
「なんでも、ありません。私はもう少しここで涼んでから戻るので、赤葦先輩は先に」
「だめだよ」
いつもより強い声音に思わず体が竦む。
「さっき言ったよね?他校の生徒も居るんだからって。ありすはマネージャーとはいえ女子なんだから。こんな時間に一人になんて出来ない」
赤葦先輩の言葉はいつもの紳士的な彼からすれば当たり前のことなんだろう。
「だ、大丈夫ですよー。いくら私が女子だからって私みたいなの襲ってくるような勇敢な奴、いませんってばー」
「……分からないの?」
「えーー?」
反転する視界。暗闇に月の光と瞬く星々。少し離れたところにある外灯によって半分だけが照らされる赤葦先輩の顔。
「……ほら。抵抗しないの?」
「え……?あ、」
「抵抗しないなら襲っちゃうよ」
「な、なん、」
「そんなことも分からないの?私みたいなのを襲っちゃう勇敢な奴がココにいるってこと」
「………冗談、ですよね?」
「生憎、こんなことしといてハイ冗談デシタなんて言えないから、俺」
「う、そ、」
「ほんと」
そういって触れるだけのキスを一つ。
静かに離れた唇。その感触に絆されるしか能ない私の額に赤葦先輩の額がコツンとくっつく。
「顔、真っ赤だけど。大丈夫?」
「だい、じょーぶじゃ、ない、デス」
「そ。なら良かった」
良かったって。良かったって今……?
「あの、赤葦先ぱ」
「謝らないから」
「……」
「今したこと全部、謝らないから」
「……」
「本当はもっと、いろいろしたいんだけどーー」
「、っ」
この人の色気はどこから来るんだろう。挑発的に、キスの味を確かめるかのように。先輩の上唇を、先輩の舌が這っては消える。
「またの機会にしてあげる」
悪戯っ子な笑みを見せて私から離れていく体。
「ほら、帰るよ」
差し出された左手。今度は別の意味で躊躇する私。余裕有り気に不敵な笑みを浮かべる策士。
あぁ、もうだめだ。