D.G-Dr ほかも | ナノ


▼ 02

完全なる慈悲でまとめられた世界なんて存在しない。
世界は常に、どこか一片の残酷さを残して進む。
かつて見た光景のように。



みんな、とはいってもまだこの世界で出会っていない人だってたくさんいる。と、以前神田は言っていた。わたしもまだ出会っていない人がたくさんいる。
それでもあの厳しい時代を過ごした仲間がひとり、またひとりと出会っていく様をみていると偶然とは言えないものを感じた。

特に大した会話もなく進む、見慣れた帰り道。隣を歩く神田がマンションの前まで来ていつも通りこちらを振り返った。

「ありがとう」
「いい。それよりちゃんと鍵閉めとけよ」
「うん」
「絶対だぞ」
「そ、そんなに睨まないでよ…」
「お前こないだも閉めてなかったろ」
「あ、あれは買い足すものがあったから慌てて…!」

静かに睨まれ、居心地の悪さに体を竦める。

「ごめんなさい…」
「はぁ。もういい」
「はい…」
「行ってくる」
「あ!今日も帰り遅い?」
「いや今日は早めに切り上げる」
「あれ、そうなの?おじさん寂しがらない?」
「今日からマリが師範だからな」
「ああ、そっか。前に言ってたもんね。気をつけてね」

本来の師範とは神田の遠い親戚にあたるおじさんのことだ。おっとりした風貌に似つかないメリハリの効いたキレのある武術の達人で、一年の大半を旅と趣味の作品作り(とは言っても世界で個展を開いちゃうレベルだから簡単に趣味と言い切っていいのか分からないが)に費やしているので一番弟子のマリさんがその間、代理を務める。いつも神田のことを「ユーくん」と呼ぶ中身はとても可愛いおじさん。

わたしは好きだけど神田はあまりそうでないらしく、むしろ本人を前にして「ウゼェ!」とか言っちゃうからこちらとしては心臓に悪いくらいだけど。でも今、神田がこうして学校終わりに好きなだけ道場を使えるのはおじさんのおかげでもある。
その事に対しては神田も感謝しているらしく、以前神田がおじさんの機嫌を損ねた時は『道場一週間立ち入り禁止令』が発動して学校の剣道部員達がいい迷惑したのは割と最近の思い出だ。

なにはともあれ、神田は今でも刀を振るう。
本人はただの日課だと言っているが、わたしの目には少なからず【あの時代】のことが心の奥底にあるんだと思う。

わたしたちの遠い記憶。前世とも呼べる遠い過去。

確かに過ごした、まだ世界に【AKUMA】が存在した時代。

でも、この平和な世界にはAKUMAという存在は見られない。どれだけ悲しみに暮れようと死体が生き返ることも、千年伯爵の甘い口車にのせられる人も、イノセンスという存在に縛られることもない。

皆が平等に『人』としての生を全うする世界。

この世界に生まれてよかったと、最近は強く思う。
その反面どうして前世とも呼べる遠い過去の記憶を未だに私達は持って生まれたのか、という疑問も残りはするけど…

どうせなら傷跡ごと全て消し去ってくれればよかった。

そうすれば神田は今も刀を振るうことはなかったかもしれない。
そうすれば皆の瞳から悲しい色を消し去れたかもしれないのに。


完全なる慈悲でまとめられた世界なんて存在しない。
世界は常に、どこか一片の残酷さを残して進む。
それ故に脆く、儚く、美しい。

彼が昔、大事にしていた芳しい華のように。


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