▼ 今日もツバメは哀色の空を翔ぶ
「降りそうですね」
背後の声に振り返れば空を眺めた木ノ瀬がこちらに気付き笑った。
「気になるんでしょう、空?」
見透かしたように笑う彼は一体あたしの何を見てそう思ったんだろう、と疑問に思う。
「べっつにー?先週出された課題、まだだから先生に延ばしてもらおっかなーって考えてただけ」
「そうですか?」
「そーですよー?」
「おかしいな。僕の記憶だと去年のこの時期も先輩、辛そうな顔して見上げてたから」
「何かあるのかと思いました」と心配してる体を装いながらもこちらの情報を一瞬たりとも逃さんとしている木ノ瀬の目に恐れ入ったと、自嘲めいた笑みがこぼれて降参する。
「ちっちゃい頃さ、この時期に雨雲が来るとよく妹たちが「織姫さまと彦星様が会えなくて泣いちゃうね」っていうもんだから毎年『賭け』するのが習慣になっちゃって。妹たちは晴れる方に、あたしは雨に賭けるんだけど、決まってあたしが勝っちゃうんだ。そしたら妹たちが泣いちゃって。宥めるのにいろいろがんばったなーって」
「つまり昔を思い出してたの」と振り返ると木ノ瀬は眉間に皺を寄せて睨みつけるように立っていた。
まるで怒りを抑え込むような、ぶつけたいけど我慢するような、そういう雰囲気になんて言えばいいか分からなくて口を瞑る。
「……はぁ」
はっきりと聞こえた溜め息ひとつ。
一度伏せられた瞳があたしの不安を掻き立てる。
「木ノ瀬……?」
「……案外」
言葉を選ぶようにして得た沈黙。そこからゆっくりと開かれる瞼の奥、さっきまでとは違う、澄んだ瞳。
「能天気だったりするんじゃないですか?」
「へ?」
「織姫と彦星ですよ。年に一度の逢瀬に天の川が大氾濫!なんて二人にしてみればそりゃもう一大イベントじゃないですか。織姫なんて案外部屋の掃除もサボってディスコよろしく踊り明かしてたりするかもしれませんよ?」
それが木ノ瀬なりの励ましなんだと気付いて、それまで堅くなっていた体の力が抜ける。
「はは……いいね、それ」
「時代的にロックはないでしょうけど大氾濫の中、髪を乱れ回しながら渡ってくる彦星だって捨てたもんじゃないでしょ」なんて調子に乗る木ノ瀬の背中を大きく叩いてあたしは笑う。
「ボディペイントは欠かせないね?」なんて大笑いしながら。
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寂しがり屋の織姫なんて、どこの誰だデマ流したの