* 彼女の唄声 | ナノ


マサラ'sキッチン


最初はなんてことない世間話だった。
昨日のチャレンジャーは大したことなかったとか、庭に可愛い花が咲いたとか、今日の朝ごはんは何だったとか。

三人で集まってグダグダとそんな話をしているうちに気付けば明日、料理勝負をしようなんて話になっていた。
言い出しっぺは言うまでもなく、もちろんグリーンだ。

腕を組み、妙に得意げな顔で「この俺様がお前らに負けるわけがない」と息巻いているのが非常に腹立たしい。いつものことだけど。
私だって料理は好きだし、シンオウにいた頃からお母さんに教わっていたこともあって、この二人には負けるわけないと自負している。
けれど、彼らは彼らで旅の途中は殆ど自炊をしていたからと並々ならぬ自信があるらしいようで……。

結局、その翌日の午前11:00、各自買ってきた食材を並べ、ナナミさんが貸してくれた台所に立っていた。
色んな意味で不安は募るばかりだけど、今更引けないこの勝負。バトルでは二人の相手にもならないけど、こればかりは勝ちをもぎ取る覚悟で挑もうと、気合を入れてエプロンの紐を結ぶ。

レッドは確実にお母さんのであろう、たっぷりフリルの白いゴージャスなエプロン。
グリーンはどこで買ったのか黒いカフェエプロン。
そして私も愛用のピカチュウ柄の黄色いエプロン。

グリーンと目が合うと、彼は腕捲りをしながらニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「ピカチュウ柄とか何年経ってもお子様だなぁヒヨリは。」
「……そういうグリーンなんてカッコつけてるけど、それって実力が伴ってないと結構恥ずかしいよね」
「んだと?」

火花を飛ばしながらほぼ同時に食材を掴み取って調理スタート。
あのお喋りグリーンが黙々と調理をしているところに彼の本気が見えて油断は出来ないけど、これは女として負けられない勝負なのだ。
まだ動いていないレッドを横目で確認して、まぁこちらは特に問題なさそうかなと小さく息を吐いた。
レッドには悪いけれど今回の勝負でのライバルは実質グリーンだけかな。

勝負内容は自分の好物か、または得意料理ということで、今日は好物であり得意料理なハンバーグを作ることに決めていた。
付け合わせにマッシュポテトとかも作りたいなぁと野菜を選んでいると、隣からドンッ ザクッ ドンッ ザクッとなにやら不吉な音が聞こえてきた。

恐る恐る左を見ると、レッドが表情を変えずにニンジンを切っている。

……無表情で淡々と高い位置から勢い良く包丁を下ろしているその姿に一瞬固まるが、その衝撃で飛んできたニンジンが私の手にコツリと当たってハッと我に返った。

漢の料理というよりも、どちらかといえば地獄絵図と言った方が的確なのでは…?
ズタズタにされた野菜が雑に転がっているところがまた涙を誘う。彼らは前世で一体どんな悪事を働いたのだろうか、こんな姿にされてしまって可哀想に…。

一通り切り終えて、次はナスに手を伸ばしたレッドは、ヘタの部分を握ってドスドスと切る……というより包丁を叩きつけていた。
ネコの手って知ってるのかな……。

油を引いたフライパンに切った野菜を入れていくレッド。もちろん火は見るまでもなく超強火。
お肉を固まりのままボトッと落とし、豪快に肉野菜炒めを作っていく彼の姿に一周回って逆に感心してしまう。
ちなみに、黙々と炒め続けているけれど、彼はまだ調味料を入れていない。っていうかまず調味料の存在を知っているのかなっていう最早そんなレベルだった。

「お、おい……あいつは何を作ってるんだ……」
「肉野菜炒めだよ」
「しっかりしろ!目が死んでるぞ!」
「だってグリーン、肉野菜炒めにぶつ切りのニンジンがゴロゴロ入ってる…」
「待て、よく見ろ、あれ蒟蒻も入ってないか……?」
「わ、わぁ〜、おいしそうだね〜」
「おいヒヨリ、ここは一時休戦だ。お前この勝負のルール忘れてないよな?」
「ルール……あっ…!!!」

そう、この勝負のルールとは、出来上がった料理は全員で食べなくてはならないのだ。
正直言ってレッドの料理は食べたくない。だって絶対、野菜硬いもん。味もないし焦げてるし罰ゲーム以外のなにものでもないよこれ。

「私ちょっとお腹も頭も痛くて熱もあるみたいだから帰るね」
「バカお前、一人だけ逃げようたってそうはいかねぇぞ」
「だってあれを食べるなん……あ!そうだ!いいこと思いついた!」
「あ?」
「今からでも遅くはないよ、急いでレッドに合流しよう。もう勝負とか言ってられないしこうなったら合作だよグリーン!」
「合作ってなんだよ」
「ほら、圧力鍋用意して!」
「……圧力鍋……おーー!なるほど、そういうことか。よし分かった。そんならヒヨリはレッドから可哀相な野菜たちを救出しておけ」
「私たちの未来のために、頑張ろう」

それからは早かった。
私はレッドからフライパンを奪い取り、グリーンの用意した水のたっぷり入った圧力鍋にドボドボッと投入する。
そしてハンバーグ用に切っていた玉ねぎと、マッシュポテト用だったジャガイモもついでにいれ、最後にグリーンが蓋をしめた。

「…何するの」
「何って、ねぇ?」
「お、おう。やっぱり、せっかく三人集まったんだしよ、勝負とかじゃなくて合作の方がいいだろ」
「ふーん」

不思議そうに鍋を見ているレッドに慌ててフォローを入れようとするも、うまい言葉が見つからず乾いた笑みがこぼれる。
グリーンも同じだったようで、ま、これはこれでいいかと深く頷きあった。

「何作ってるのこれ」
「レッドが丁度野菜を炒めてくれてたから、圧力がかかったらコレを入れようかなって」
「あぁ、カレーか」
「そ。お前ら好きだろカレー」
「そういうグリーンも好きでしょ」
「勝負の予定だったけど、たまにはこうやってのほほんとするのも良いもんだな」

カレーが出来るの間に三人でワイワイ騒ぎながらお米を研いで、私がサラダを作ろうとしたら今度はグリーンが手作りドレッシングを作ってやるぜと張り切って、レッドも手伝うと言い出して……。
最初の目的とは大きく変わってしまったけれど、やっぱり私たちが三人そろうとこうなるんだよなぁなんて。

「あ、出来たみたいだよ!」
「おお〜いい匂いじゃん。」

我らがレッドさんのお陰でお肉は火が通り過ぎてて硬いし、何故か蒟蒻が入ってるし、ニンジンもナスも所々焦げてるけど、文句を言いつつもなんだかんだで完食してしまう私たちなのでした。

「レッドの料理は予想以上にワイルドだったね」
「そういやお前旅に出てから腹、強くなったよな。この間も消費期限の過ぎたヨーグルト食ってケロッとしてたし」
「別に変な匂い、してなかったし」
「すげーなお前」
「レッド……今度からは私が普通のご飯作ってあげるからね……」
「やった」
「ちょ、ちょっと待て。俺もそれ毒味してやるよ」
「毒なんて入ってないので、結構です」
「間違えた試食だ、試食」
「結構です」
「グリーンはダメだってさ」
「なに笑ってんだそこの味覚音痴!!」


マサラタウンは、今日も平和です。

END


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