* 恋は盲目 | ナノ


3−2

こんなことになるなんて一体誰が思っただろうか。昨日の一時の幸せを返してくれと、そう思う。
ごめんねルカリオ、やっぱり私全然大丈夫じゃないみたい。


「……な、なんで」
「俺が知るかよ、取り敢えず早く行ってこい。機嫌損ねるぞ」


もう大分損ねてますよ、なんて暢気に缶珈琲を啜って新聞を眺めている上司に言える訳もなく私は乾いた笑いを残してふらりと廊下に出た。まさかアイツ…いや副社長から直接呼び出されるなんて…凄く、物凄く、嫌な予感がする。
場所も場所だ、何故、社長室なのか。不吉な予想がぐるぐる渦巻く中、私はデボンの最上階にある社長室を目指した。
もうあれだ、なるように、なれ。


「アディオス、私」
「百面相おもしろいね」
「うるさ……おはようございます副社長、今日も良いお天気ですね」
「うん、いいよその変わり身の早さ」


社長室まであと数メートルというところまで来た私は、緊張のあまり前方に人がいるなんて全く気が付いていなかった。それがツワブキ ダイゴだと分かっていたらまわれ右して逃げたのに、腕を掴まれて私はもうアウト。蜘蛛の巣に絡めとられた憐れな獲物同然だ。

「さ、行こうか。父さんが待ってる」
「…はい」

彼の手によって開かれた社長室の重々しいドアに目眩がする。一体どんなお叱りを受けるのだろう、国外追放?まさか。
見たこともないような壷や絵画、立派なソファ、そしてその奥の全面ガラス張りの大きな窓から外を眺めている、社長がいた。
…第一声で、君新しい仕事見つかるといいね、なんて言われたら私は立ち直れるだろうか…いや、流石にそれは。
と言うか挨拶!挨拶まだしてない!

「は、初めまして!私…」
「おはようミズキ君、君の噂はよく聞いているよ」
「え、……噂?」

それって隣の副社長から私にビンタされたとかアンタって言われたとかそう言う噂?でもそれにしてはやけに柔らかい雰囲気で、何というか、想像していたよりもずっと友好的な感じがした。


「君は綺麗なうえに有能だって、上では結構有名人なんだよ」
「はぁ……え?」
「それにダイゴとも仲良くしてくれているようだし、本当に良かった」
「な、仲良くって…」


胸の中の何かざわざわとするものを懸命に押さえ付けて、恐る恐る隣の副社長を見上げる。すると彼は、にんまりと、そう、いつもの作り笑いではない笑顔で、私を見てきたのだ。
…もしかしてこの男、何か企んでいるんじゃないか。と、そう思った時にはもう既に時遅し。


「いやぁ、まさか君がダイゴの秘書に立候補してくれるなんて!」


何故か資格も持っていない女の子ばかりが立候補してきて困っていたんだ。その点きみは〜…なんて嬉しそうに笑う社長と、何を考えているのか分からない大馬鹿副社長らによって私の中で何かが大きく音を立ててガラガラと崩れていくのが聞こえた。秘書なんかよりもクビの方が何倍もマシだ、確実に。
――しかし、この状況で誰が断ることが出来よう。


「これから宜しくね、ミズキちゃん」
「こちらこそ、宜しくお願いします…」


( それでも世界は動いている )


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