* 恋は盲目 | ナノ


10


「僕はね、君が僕を知るずっと前から君のことを知っていたんだ」
「それは、書類で見たからって意味ですか?」
「いや、恥ずかしながらあの時は今よりもっと不真面目だったから、書類なんて貰っても目は通さなかったんだよ」


じゃあ何故、とダイゴさんの目を見つめると、彼は「あの時もこんな風に見つめられたんだっけ」と、どこか懐かしそうに目を細めた。
“あの時”って、どう言うことなのだろう。


「ミズキちゃんが覚えてないのも無理はないよ。あれはまだ君がデボンに入社する前の事だし、ほんの少ししか話さなかった」
「え、入社する前って…一体どこで…」
「ルネのポケモンセンターで、父さんからいつまでもポケモンで遊んでいないでデボンで働けって電話があったんだ。」
「…ルネの、ポケモンセンター…?」
「僕も当時は相当悩んでいたんだよ、会社を継ぐかポケモンを続けるか。だから、電話でね、言ったんだ。」
「はい」
「もうこれでトレーナーは辞めます、って」
「……え、まさか」
「かなり思い詰めた顔をしていたんだろうね、そう宣言して電話を切った時に、君が今みたいに不思議そうな顔で聞いてきたんだ」
「……“どうして、やめちゃうんですか?”でしたっけ」


そう言えば、あの時は私も悩んでいたんだ。このまま終わりの見えないトレーナーを続けるか、就職するかで。そんな姿がどこか重なって見えたから、不躾にもそんな事を聞いてしまった気がする。
この人は一体どうしてトレーナーを辞めるなんて言ったのか、それで本当に後悔していないのか、…辞めるなんて言いながら、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているのか……知りたかったのだ。


「思い出してくれたんだね」
「まさかあの人がダイゴさんだったなんて思いませんでした、メガネ掛けて帽子も被ってた気がしますし」
「変装だよ、ミクリに話があったから」
「ミクリさんと会うのに変装が必要なんですか?」
「これでもちょっとした有名人だったからね」
「へえ…」
「そこでミズキちゃんとは初めて会ったんだけど、その時にね、思ったんだ。なんて綺麗な目をしているんだろう、って」
「そうで……えっ?」
「最初はさ、そんなに悲しい顔をするくらいならトレーナー辞めないで良いじゃないですか、って言われて、君に僕の何が分かるんだって思ったよ」
「図々しくてすみません…」
「でもね、気付いたんだ。君も僕と同じくらいにとても悲しい顔をしてたから。…その気持ちが単なる同情や好奇心から来ている訳じゃないって」
「……」
「その時の君の瞳があまりにも綺麗で、忘れることが出来なかったんだ。今も、変わらずに…ずっと…君に恋焦がれていた」


今なんて、と口を開こうとした、その瞬間。
ぐらりと世界が反転して、目の前には悲しそうに微笑うダイゴさんの顔と、天井があった。
…もしかしなくても、押し倒された…?


「あの、ダイゴさん?」
「僕にはさ、好きな人がいるんだって言ったよね」
「…は、い」
「あれはね、……ミズキちゃんのこと、だったんだ」
「で、でも優しい人だって…」
「君は優しい人だよ、…想像していたよりも、実際の君はずっと優しくて、純粋だった」
「そんなこと…」
「僕はね、君を騙していたよ、君の優しさに漬け込んで」
「私は騙されてません…!」
「…じゃあ、もし僕がミズキちゃんに見られていると知ってあんな態度を取っていたとしたら?」
「…は、い?」
「最初はね、ミズキちゃんに僕の存在を知ってもらえれば良かった。だから君が軽蔑しているのを知っていながら、わざと女の子を連れて君の近くを通ったり、たまに声を掛けたりしていたんだ」
「そう、だったんですか?」
「僕だってまさかあの時の彼女と、デボンで再会できるなんて夢にも思わなかったよ。でも、こんな広い会社の中で、君が僕をまた見てくれる確率なんて、あまりにも低すぎる。それに、まだ君の能力が知れていないうちに新入社員だったミズキちゃんに僕からアプローチなんてすれば、コネで入ったのかと思われてしまうし、これでも、ミズキちゃんが有能だって上にも知れるまで待ったんだよ、ずっと」
「……私が期待に添えなかったらどうするつもりだったんですか」
「これでも人を見る目だけは確かなんだ。秘書にする時も父さんは凄く喜んでいたしね。」
「そう、ですか」
「ミズキちゃんが僕の事を避けているってことに気付いた時はそれだけで良かった。良いか悪いかは別として、一応は僕のことを意識してくれているってことだから。だけど、それは毎日女の子を連れていたから単純に女タラシだと軽蔑されているものだと思っていたのに、まさか作り笑いの方で嫌われていたなんて、思いもしなかったんだよ」


だから、エレベーターの中で君にそう指摘された時、どうしても手に入れたくなったんだよ。
…本当に、自分勝手だよね。
そう呟いたダイゴさんの顔は今にも泣きそうで、そんなに私のことを考えてくれていたなんて知らなかったと、胸が鈍く痛んだ。




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