9-2
「――ッ着いた!」
こんなにびしょ濡れのまま正面から入ったら通報されそうだからと裏手へ回ってもらい、エアームドを戻して直ぐに非常階段を駆け上がる。
あーもう靴の中に水が溜まっていて気持ち悪い。
いっそのこと脱ぎ捨てしまおうかと一瞬本気で考えた。
「ッ私の、体力、舐めるなよ…!」
ある意味山女の私が、階段ごときに負けるわけがない!
二段飛ばしで最上階を目指して走る。災害でも何でもないのに、ましてや会社にはエレベーターがあるのだからわざわざ裏口の非常階段を使う人なんて今日は私くらいしかいない筈だ。
「もしッ、部屋に、いなかったらッ…呪ってやる…ッ!」
最後の一段を上がり、ハァーッと肺の中の息を全て吐き出す。
久し振りにこんな激しい運動をしたものだから、身体はさぞや驚いたことだろう。
…これは明日の筋肉痛避けて通れそうにない。
「…あとはちゃんとダイゴさんに会えるか、だな」
よし、行くぞ!と自分に気合いをいれてから廊下へと続く非常階段の重い鉄のドアをゆっくりと押し開けた。
「到着…!」
「………え、ミズキちゃん?」
「………あ、あれ?」
「どうして…」
「う、そ…でしょ…」
最上階にだけ敷いてある赤い絨毯を踏みしめて感動していると、ここ数日間ですっかり聞き慣れてしまったダイゴさんの声がして、そろりとその方向を向く。
するとそこには酷く困惑した表情のダイゴさんがいたのだった。
…なんで貴方は部屋に籠ってないんですか、と心の準備をする時間さえもなかったあっけない再会に目眩がする。
「え、え…と」
「いや、理由は後でいい…とにかくそのままじゃ風邪引くから、おいで」
「うわッ!?」
「僕の部屋のバスルーム使っていいよ、さっき沸かしたばかりだからまだ熱いと思うし」
「あの、ちょ…」
「バスタオルと着替えは後で持っていってあげるから」
「え!待っ」
バタンッ
近付いてきたダイゴさんに腕を掴まれて、そのままズンズンと副社長のプライベートルームへと連れて行かれた。
副社長クラスになれば会社に自分の部屋があるのだ。…因みに私も一応秘書なので秘書室にバスルームとかは色々あるんだけど。
今しがた閉められたバスルームのドアを見つめて、私は大変なことに気付いた。
「え、着替えって…」
…下着も!?まさか、そんな筈…とドアノブを回してもガチャガチャと音がするだけで開く気配がしない。
きっと鍵を掛けられたのだろう。
泣きそうになりながらも、私はダイゴさんのバスルームを使わせて頂くことにしたのだった。
→
back