* 恋は盲目 | ナノ


7

洞窟から出たら既に辺りは夕日で空一面真っ赤に染まっていた。道理でお腹も空く筈だ、朝食を食べて以来洞窟に籠っている間は何も口にしていなかったのだから。
ぐう、と鳴ったお腹に手をやって溜め息を吐いた。


「晩御飯の用意面倒…」
「気にしなくていいよ、もう話はつけてあるから」
「ありが………はい?」


単なる独り言にまさかそんな返事が来るなんて思っていなかったので、ダイゴさんの言葉に弾けるように顔を上げた。話はつけてあるって……何のこと?


「あと30分後に着けばいいから、もう少し立ち話でもどうかな」
「立ち話じゃなくて、あの、何処に行くんです?」
「料理の美味しいところだよ」
「…私も良いんですか?」
「ミズキちゃんの為に行くのに主役がいないなんて変だろう、それとも、ボンクラ副社長とは嫌かな」
「そ、そのことは忘れて下さい!私が勝手にダイゴさんを勘違いしてただけなんですから。今は、その、う…嬉しいです」


こんな細かな気配りが出来るからこそ彼はあんなにモテるんだろうな、今まで顔と権力でものを言わせていたのだと考えていた私は酷く後悔した。…そしてふと気付く。私は、今までの酷い言葉の数々を謝っただろうか。
いや、…謝ってない。


「あの、ダイゴさん」
「うん?」
「私、今までずっとダイゴさんのこと勘違いして、酷いこと、言いました」
「ん…ああ、エレベーターでのことかな」
「すみません、なんて言葉だけでは片付けられない程…私は勝手な思い込みで傷付けてしまいました」
「ねえ、ミズキちゃん」
「本当に…すみません、でした。」


今だって私を責めようとせずに許そうとしてくれるダイゴさん。こんなに優しい人だったのに、私はバカだ。ジワリと滲む涙を堪えて頭を下げた。


「頭を上げて、謝らないで」


ああ、もしかして端からみたら別れ話で揉めてる男女に見えるのかもしれない。諦めの悪い女が捨てないでくれと、泣きついている。そう見えてもおかしくないだろうな、ボンヤリとした思考の中でそんなことを思った。…だめ、だめだ、これじゃあダイゴさんに迷惑が掛かってしまう。

しかし、それはマズイと頭を上げた刹那、ふわりと暖かな体温に包まれた。仄かに香るシトラスに、心臓が跳ねる。


「…あの」
「自分を責めないで、ミズキちゃんは何も悪くないんだから」
「それはダイゴさんが優しいから」
「違う、僕は優しくなんてない。本当は酷い男なんだよ」


今だって君を――、切なそうにそう呟いたダイゴさんの胸ポケットが懐かしいメロディーと共に震えた。
ゆっくりと背中に回されていた手を離され、私は小さく一歩後退する。着信だったらしく携帯を耳に当てて差し障りのない返事をするダイゴさんを見つめて、先程の言葉の意味を考えた。
…酷い男だなんて、一体誰がそう思うのだろう。私は彼の近くにいるようになってから、優しさしか見ていないというのに。


「――ああ分かった、ありがとう今から向かうよ。料理楽しみにしてる、じゃあ。」
「……あの、ダイゴさん」
「…突然抱き締めてごめんね。でもそうしないと僕を見てくれないような気がして」
「こちらこそ取り乱してしまい、すみません。私、やっぱり会社をやめようかと…思います。ダイゴさんを叩いてからずっと考えていたので後悔はしません、だから」


私のことはもう忘れて下さい。そう言おうと思い切り息を吸い込み顔を上げると、バシン!と強烈な痛みがおでこに走った。犯人は言わずもがなダイゴさんしかいない。


「…な、何するんですか!人が大切な話してるのに!」
「何って、デコピン?」
「知ってますよそれくらい。だから何でこのタイミングで…」
「だってそうしないとミズキちゃん、会社辞めるんでしょ?」
「………だ、だからって」
「これで、おあいこ。つまり君が僕を叩いたことも今僕が君にデコピンしたことで相殺される訳だ」


分かった?可愛らしく小首を傾げるダイゴさんに、今度は違う意味で涙が溢れてきて思わず抱き着いてしまった。しかし、優しい彼はそれを拒否せずにやんわりと抱き返してくれて、更に涙が滲む。
―もっと早く、まだトレーナーだったころに、彼と出会っていたかった。一緒に旅をして、鉱山や洞窟に潜って、どんなに楽しいだろう。なんて。


「…名残惜しいけど、もうすぐ時間だね」
「す、すみません…!!」
「僕はもっと抱き締めていたかったけど」


私もです、と返すと驚いたような顔をしたダイゴさんは直ぐに笑顔になって、それは光栄だな。と目を細めたのだった。


 

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