エイトノーツ・アンサー







ここはいつだって音楽で溢れている。

お互いの職業柄、普通の恋人同士みたいに出掛けたりは出来ないけれど、蒼さんの仕事場は僕にとってどんなテーマパークよりも楽しい特別な場所。刺激や感動が詰まった場所だった。

いつものように仕事が終わって、僕はここへ蒼さんに会いに来た。
・・・・・・のだけれど。
蒼さんは今、急ぎの依頼を5曲同時に請け負っているらしく、パソコンと作曲用のキーボードから離れるつもりは無いらしい。既に勝手は知っているので、僕はコーヒーを淹れようと小さなキッチンに向かう。あえて声をかけないのは、蒼さんの集中力を切らしてしまっては悪いからだ。とは言っても、こういう時の蒼さんは僕が何か言っても「あー」とか「んー」とか、上の空で言うだけで、実際ほとんど耳には入っていないのだけど。シンプルなステンレスのラックを覗けば、つい先週来た時には確かに大量にあったはずのハワイ・コナ(蒼さんの最近のマイブームらしい)が無くなっていた。飲み過ぎではないかとちょっと心配になるけれど、お互いやたら刺激物を摂取したがるところはよく似ているのだと、小さく笑う。
ブルーマウンテンは流石に僕一人でいただくには申し訳ない気がして、無難にジャワをミルで挽き始める。ベートーヴェンは毎朝コーヒー豆を一粒一粒数えてミルで挽いていたのだと、蒼さんが面白そうに話てくれたのを思い出した。

変わっていく音と、広がる香り。
仕事はお陰様で順調だけど、確かに変わっていくものがあり、広がる世界には戸惑いもあった。
特につい先日、Re:valeの千さんから言われた事。
作曲、をしてみるということ。
僕のすぐ隣には今まさにうんうん唸りながら作曲をしている蒼さんがいる。蒼さん自身Re:valeのアルバム曲にゲストのクリエイターとして参加しているし、思い出せば恥ずかしいけれど、以前僕達がまだ付き合い始める前にも話を聞いてもらったりと何かと繋がりがあるので、千さんからも「せっかくだから蒼に聞いてみたら?」とは言われていた。自分一人考えていても、どうにも決まらない。ちょっと勇気はいるけれど、やっぱり本業としている人に聞いてみようかと思い、僕は今日ここに来たわけだ。

その時。




「壮五くん、ジャワでいいから私にも淹れて!ちょっと休もっかな。」












「蒼さん、ちょっと、聞きたい事があるんだけど・・・・・・。」

「いいよ、どうしたの?仕事の事?」

「それが・・・・・・実は」




ここまで言いかけてふと。
僕の中で自分への自信の無さと、今一番忙しい蒼さんに迷惑をかけることになるのではという気持ちが飛び出してくる。




「壮五くん?」



さっきまでの青信号が黄色信号へ変わっていく。
僕が作曲を勉強したいと言ったら。
蒼さんはどう思うのだろうか?
困らせてしまうだろうか?




「ねえ、壮五くん?」




今じゃなくても・・・・・・。
もう少し一人で考えてからでも・・・・・・。
また次の機会にでも・・・・・・。
本当に僕に出来るのかも分からないし・・・・・・。

信号は赤へと変わった。




「ごめん、やっぱり今度にするよ。」

「私の・・・・・・ことだよね?」

「え?」

「私、今確かに忙しいし、他の女の子みたいに遊んだり出掛けたり出来ないけど・・・・・・でも」

「そんな、それは僕だってお互い様だし、僕はそんな事思ってないよ!」

「じゃあ何で言い出せないの!?言いたい事があるなら、ハッキリと言ってくれなきゃ分からないじゃない!」

「ごめん、本当に違うんだ・・・・・・そもそも僕が蒼さんの忙しい時に来てしまったから」

「そうやっていつも壮五くんは自分のせい!あー、もう見えないよ。頭の中でさっきまで見えていた音も分からないし、壮五くんが何を言いたかったのかも分からない。ものすごく気持ち悪い、スッキリしない!!何で私が大切にしたいものって形がないんだろう・・・・・・!」

「だから違うんだ!だいたいさっきから違うって言ってるのに聞いてないのは蒼さんのほうじゃないか!?僕は蒼さんの事をちゃんと考えてるのに・・・・・・!」




それからしばらく無言が続く。
2人揃ってカップのコーヒーを眺める。
きっと蒼さんも僕も、どうやってこの行き違った空気を修繕しようかと思っているのであろうことだけはよく分かる。
なのに言葉は見つからない。

少しばかり、余裕のない蒼さん。
肝心な所で、自信の持てない僕。

今まであんなに会話をしてきたはずなのに。
大好きだけど、大好きだから。
何を言っても違うと思われてしまうのが怖くて。

小さな深呼吸が聞こえた。




「私、ちょっと疲れてるのかもしれない。今会話を続けても、また言い合いになっちゃうかもしれない。ごめんね、壮五くん。今日は帰ってもらえる?仕事、片付いたらまた連絡する。」




コーヒーはすっかり冷めてしまった。
僕は「無理しないでね。」とだけ言って、重たい防音壁のドアを閉めた。
相変わらずこの部屋のドアは重いけれど、何をそんなに閉め出したいのだろう。今日だけはいつもの何倍にも重いような気がしてかなり堪えた。













あれから3週間。
仕事を精一杯こなして、寮に戻り。作曲に必要な機材を調べてみたり、「これであなたもシンガーソングライター!〜基本レッスンABC♪〜」なんて本を購入して、自分なりに考えを具体的にしていこうと努力してみた。その度に「蒼さんの部屋にあったアレがこの機材か」だとか、「作曲に必要なものはパッション・・・・・・?蒼さんも、本当にこんなことを勉強してきたんだろうか?」と、どうしてもすぐに蒼さんを思い浮かべては関連付けてしまうので、次第に苦しくなってきた。最後に本を開いた時そこに書かれていた文字を読み、流石に僕はこの本をしばらく開くのを止めようと思った。それが1週間前のこと。


『作詞作曲とは、恋と似たようなものです。歌詞が先でも音が先でも関係ありません。もちろん同時でも構いません。それは最初から両思いだからです。互いの魅力に気づき、惹かれ合うように歩み寄ります。当然ある程度の段階はありますが、手段も時間も選ぶ必要はありません。強い自己主張は時と場合によります。控え目過ぎても伝わりません。最終的には音と言葉が自由に愛し合った瞬間に、名曲が生まれるのです!』


本当に僕に作曲なんて出来るのだろうか・・・・・・?










仕事帰り、一人寮へと帰る。
スマホの音楽プレイヤーにはたくさんの曲が入っているけれど、僕は正直自分が何を聞きたいのか分からないでいた。とりあえず入っている曲をオールランダムで再生しながら電車に乗る。

インディーズバンドのロック、去年流行ったJPOP、ダグラスさんの洋楽。
海外歌姫のクラシック、ブラスサウンドが効いたインストゥルメンタル。

そして流れて来た歌。






「心に形があればいいのに」と
そう言った君が
この部屋を出てから
どれくらい経っただろう?

何気ない会話で
笑いあって
ふとしたことで
口喧嘩もする
もしこの恋に形があるなら
跳ねるような八分音符

メロディーが流れ出したら
きっと言えるはず
「ごめんね」
「怒ってる?」
「やっぱり君が大好き」
リズムを打つ鼓動に合わせ
君が少し困った笑顔浮かべたら
素直になれる
優しくなれる
この歌が終わっても

想っていること全て
伝えられる自信はなくても
一つの音に一つの言葉
確かにここにある
見えない心を映し出す

素直になれる
優しくなれる
この歌が終わっても






これは蒼さんが作曲をした、女性シンガーの曲。
作詞のほうは女性シンガーがしていたはずだけど、なんて気持ちよく音と言葉が掛け合っているのだろう。
このシンガーは当然、僕が今どんな事に悩んでどんなことで幸せになれるのかなんて知らない。それなのにまるで求めていた模範回答がそこにあったかのように、心に、身体にスーッと入ってくる。

僕が欲しかった「音楽」が、そこにあった。
そしてそれを作曲したのは、僕が誰よりも愛しく思う人。
鮮明な体験が熱を持って、衝動的にラビチャを開く。
女性シンガーのプロモーション動画を探して、リンクを添付した。メッセージの相手はもちろん、蒼さん。

と、次の瞬間。

蒼さんからも僕が送ったのと全く同じプロモーション動画のリンクが送られて来た。時刻を見ると、ほぼ同時だったらしい。

『仕事全部終わったよ。コーヒー淹れて仕事場で待ってます。』













重たい防音壁のドアが今日は軽い気がする。
漂ってきたのは、この前飲めなかったジャワの香りだった。
部屋へ上がると、奥からマグカップを二つ持って出てきた蒼さん。クマが酷いのか目の下には小さなパックを貼っている。いつもより表情は固い気がするけれど、前髪を留めていた八分音符のクリップに目をやって、僕は安心した。





「それで、この前言おうとしていた話って?」

「僕に作曲を教えて欲しい。
僕、昔からどんなに親しくなった相手にも気を使ってしまって、言いたいことも上手く伝えられる自信がなかったんだ・・・・・・。だからこそ、こんな風に音楽や詩の力を借りて伝えられるって、とても素敵だと思うんだ。誰かの勇気に変わったり、涙を流して心を綺麗にしてくれたり・・・・・・。
さっき、蒼さんからのラビチャを見てびっくりした。僕も同じの、送ったから。」

「うん、私もびっくりした。CDの整理してたらね、たまたまこのアルバムが足元に落ちたの。何となく聴いてたら、壮五くんと話さなきゃって思って。フフッ、同じことを考えていたんだね。」

「IDOLiSH7の歌を聴いてくれた人が、僕達の歌で元気が出るって言ってくれる。でも、蒼さんも知ってる通りこれまでの僕達の歌を作曲したのは桜春樹。残念だけど桜春樹の作った曲は限りがある。何より、今日僕が感じたみたいに、聴いてくれた人に寄り添うような曲を僕も作ってみたい。IDOLiSH7のためにも、僕のためにも。」

「壮五くん・・・・・・。」

「出来るかな?僕にも。」

「出来る、出来るよ!!壮五くんはなんたってあの逢坂聡の甥っ子なんだから!叔父さんもきっと喜んでくれる。私なんかで良ければ、手伝わせてよ。あーもう、なんか感動し過ぎてウルッときちゃった。」

「ありがとう!頑張ってみるよ。蒼先生、これからどうぞよろしくお願いします!

「そんなぁ、照れるってば。で、この前壮五くんがしようとしてた話ってのは?なぁに?」






変わっていく未来には期待もあれば不安もある。
自信なんて持てない時も沢山ある。
それでも音楽はそこに色んな感情を閉じ込めて、いつか誰かに寄り添うのを待っている。
大丈夫、音楽が僕達を繋いでくれている。







end.



















〜蒼先生の作曲講座〜



「一度旋律が上がったら、声域の中には上限があるでしょ?そしたら今度はそこにぶつかるくらいで下降してしまえばいい。例えば、〜〜〜♪ほら、これだけでワンフレーズ出来ちゃうんだよ!」

「なるほど、キラキラ星とかの冒頭がいい例だね。」

「まさしく!でも、昇降だけでは面白くないから、Bメロでは下降を反復してみる・・・・・・。」

「こうして言われると、普段何気なく聴いているメロディーもすごく計算されているんだね・・・・・・」

「最後にもう一度、さっきの冒頭のフレーズを入れれば・・・・・・ほら、短い曲の出来上がりってわけ!これを壮五も違うリズムとメロディーで作ってみようか。聴いたことあるフレーズだとか、そういうのは最初は気にしなくてOKだからねっ!」

「う、急に難しそうに思えてきたよ・・・・・・。」

「大丈夫大丈夫ー!最初は真似も肝心♪」

「やっぱり、蒼さんの教え方は分かりやすいね!(とりあえず、あの本はもう必要なさそうだ。)」








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