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「そーちゃんはさ、蒼っちの事、好きなの?」
控え室で環君の前置きの無い突然の一言に、僕は手元にあった紙コップをこぼしそうになった。
「環君!?」
「だってそーちゃん、一生懸命だったから。今日、学校で女子がそーゆー話してるのを聞いて、そーちゃんもそーなのかな?って。」
「確かに蒼さんの音楽は好きだよ。でも、環君が思ってるような好きとは、違うよ。」
「嘘だ。そーちゃんいつもそうやって上手く誤魔化すけど、興奮してるのとも違って、あんな必死んなったり、夢中になってんの見たらさー?」
「夢中って・・・・・・。僕は別に・・・・・・」
「やっぱ嘘だ。そーちゃん、最初蒼っちの仕事場言った時も、挨拶忘れてた。ボーッとしてた。キレーだなーとか、思ってたんだろ?」
大した根拠も揃ってないのに、環君は時々核心をつくようなことを言う。確かに、綺麗な人だった。それなのに気取ってない振る舞いとか、ハッキリとした話し方。誤魔化しがなく真っ直ぐ前を見るその視線に、僕はあの時動けなくなってしまったんだ。
おじさんの話を聞いた時も、こんな真っ直ぐに音楽を受け止めてもらったおじさんが羨ましいと思えるくらい、蒼さんに惹き込まれていた。あの笑った時の笑顔や声。もっと見たい、聞きたい。そう思ったのは確かだ。
でもそれはきっと違う。好きとか、そんな感情じゃない。
蒼さんもこの業界の人だし、どんな恋愛してるかなんて僕は知らない。いや、知りたくないだけなのかもしれない。僕が彼女にどんなことを思ったって、そんなの蒼さんにとってはきっと小さな、どうでもいい事なんだろうと思う。
違う。
僕が何を思ったかなんて知った所で、蒼さんは特別何も思わないと、そう思っていた方が僕は傷つかずにすむ。好きの反対は、嫌いではなく無関心だと言った人もいる。新曲もヒットしたんだし、このまま上手く終わらせたいから、自分が傷つかずに小さな気持ちの動きを終わらせてしまいたいから、僕はそう思いたいのかもしれない。
そうだ、つまり環君は正しい。
「いいんじゃねーの?アンタはそうやって自分の中で全部片付けようとしてるけど、蒼っちだってこういう仕事してるんだし、わざわざ面倒な事になるよーな事はしないんじゃね?きっと上手くいくってー。王様プリン20個で、メンバーのみんなには言わないでおいてやろーか?」
「残念だけど。僕は“悪いお金持ち”なんかじゃないから、そんなことはしないよ。」
そんな無責任な環君の優しさに、どうしたものか深くと息を吐いた時。スマホが光りラビチャの着信を知らせた。
「誰からだろう・・・・・・蒼さん!?」
「うおー、やったな!早速じゃん!何だって?」
何故かテンションを上げて覗き込もうとする環君を制してメッセージの内容を確認する。
『今度仕事オフの日に、うちに来てくれますか?』
そのまま戸惑っていると、続いてまた着信が入った。
その文字を読んで僕は、しばらく環君の声も聞こえないくらい、不安と期待に飲み込まれていた。
『話したい事があります。』
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