この坂の続く先で


『そうか、分かった。ううん、こっちはいつも通りだよ。今はMEZZO"の控え室、って、あ!!・・・・・・』

『うす、師匠。元気?』




「環くん、通話中勝手に人のスマホを横取りするのはよしてくれ!!」




『そーちゃん?うん、今隣で怒ってる。師匠からも、言っといてよ、あんまし俺のことガミガミ言うのはやめろーって。ホント?じゃあ、ついでに環くんに王様プリン買ってあげるようにー、ってのも言っといて。マジかよ、やった、やっぱ持つべきものは師匠だな!じゃー、そーちゃんにかわるわ。ほい、そーちゃん。』

『もう・・・・・・ごめんね、アハハ・・・・・・。うん、またラビチャでもするよ。あー、あれはこの前みんなが面白がって・・・・・・。ありがとう。蒼さんこそ、身体に気をつけてね。それじゃあ、また。』




「師匠、いつ戻るの?」

「来週には帰ってくるって。それより、環くん。君はどうしてそう勝手に」

「分かった分かった。師匠、超いい人。」

「分かってない!僕は聞いてないからね、ガミガミ怒るなだとか王様プリン買ってやれだとか。」

「ちぇー、そーちゃんの意地悪。」







蒼さんがイタリアへ、マーレ本社へ行ってから約2ヶ月。

留守中の問い合わせや僕との連絡手段にと、無理を言ってスマホを持たせることにした。慣れないスマホに蒼さんは相当四苦八苦しているらしく、おかしな変換や、ラビチャで意味のわからないスタンプが押されて来ることも多く、メンバーのみんなはそれを面白がって僕のスマホを奪い取っては楽しんでいた。

マーレの本社で具体的なデザインや制作の打ち合わせのため、いつぞやのように大荷物を抱えて蒼さんはイタリアへと渡った。どのくらいかかるのか、日本を出る時にはまだハッキリしていなかったけれど、プランタンがオンラインでの販売が出来るようになったため特に大きな問題は無かった。
プランタンの口コミを見ると。





────店員さんカッコよかった!女だけど(笑)

────お店も帽子も本格的なのに、店員さんはゆるくて面白い人です。紅茶をご馳走してくれました。素敵なキャスケットを購入。

────IDOLiSH7のロケ地だった帽子屋さん、巡礼してきました!お菓子を持ってくと紅茶いれてくれるって噂、本当だった(笑)

────巡礼行く人、ホームページ確認してからをオススメ!師匠今留守にしてる!!

────今の日本ではなかなかない、古き良き帽子屋。ケンマかラフィアかで迷った末に、ラフィアのシルクハットを購入。





思いの外蒼さんの世間受けがよかった。
ミステリアスで中性的な容姿や、飄々とした性格が特に若い女性から不思議な支持を得ていた。僕達IDOLiSH7が体験をした放送もあって、ファンの間では巡礼スポットとして定着しつつあるらしい。その際に、手土産としてお菓子を持っていくと紅茶をご馳走してくれるという噂まで出ており、ネットではすっかり人気となっていた。







思えば僕だって同じだ。
初めて、迷い込むようにしてあの帽子屋へ入った時。
初めて、蒼さんを見た時。
言葉では上手く表せないけれど、惹き付ける何かが確かにあった。
蒼さんの世界が広がって行く様子を心のどこかで少しだけ不安に思いつつ、蒼さんも僕の事を同じような気持ちで見ているという事にむず痒い嬉しさを感じつつ。
見える文字と、見えない電波をただ信じて。
僕達は手のひらの小さな発信機から、想いを伝えあった。







もう少しで帰国する。蒼さんはまだイタリアだ。
そう分かっているのに僕の足は今、あの坂道へと向かっていた。
午前中の打ち合わせを終えた後、今日の午後は久しぶりのオフだ。
忙しい毎日にちょっと疲れたのか、どうしょうもなく蒼さんの事を思い出す。考える。
そう言えばあの急な坂道の先には、何があるのだろうか?
ふとそう思った。






坂を登る。
まだ登る。
プランタンを通り過ぎる。
ここから先は未知の世界。
本当は、ずっと気になってた。

坂を登る。
まだ登る。
動き出した僕達の未来。
どこへ向かっているのか。
そこに待っているものは。

坂を登る。
まだ登る。
今すぐ伝えたい。
本当は待ちきれない。
胸の高鳴りが弾けそう。

アスファルトに小さな花が咲いている。
「もう少しだよ、頑張って。」と、そう言ってる気がして。
「ありがとう、こんにちは。」と、心の中で小さな挨拶を交わす。

視界が晴れていくように、心が晴れていく。

























目の前に広がるのは、夏の日差しに眩しく光る緑。
そこは小さな公園だった。

遊具は何も無い。
フェンス越しには、街一望のパノラマ。
今まで僕が見上げていた空は、こんなにも青かっただろうか。
蒼さんの白いTシャツを思い出す。
厚手なデニムのエプロンから飛び出すペンと小道具。








「愛しさが募っていく
僕の中で溢れ出す
君はまだ気づいていない
始まりの予感」







空に向かって歌ったなら、届くような気がしたんだ。
蒼さんに。


























「壮五?」

「蒼さん!!?どうしてここに!?まだイタリアじゃ・・・・・・」

「今朝着いたんだ。予定より早く終わってさ。」

「何で連絡くれなかったの?」

「直接会いに行って驚かせようと思って。坂を登ってたら、壮五の歌が聞こえたから。驚かされたのは私の方だったね。」

「お疲れ様。会いたかったよ。」

「私も。ハイ、これ。壮五に。」

「これは・・・・・・マーレバイオレット?」

「壮五が、第一号。壮五のおかげで、夢が叶った。ありがとう。」

「本当に、僕がもらっていいの?」

「そのために作ったんだよ。壮五に似合うデザインを必死に考えた。それが、今度のマーレバイオレットに決まった。世界中をこのハットが埋め尽くす。」

「ありがとう・・・・・・。一生のお気に入りにするよ。」







僕が手に持ったまま眺めていた、薄紫色のハット。
蒼さんがそっと奪い、僕の頭に乗せる。







「うん、やっぱり似合う。カッコイイよ、壮五。」







そう言って満足そうに目を細める蒼さん。
蒼さんがかぶっていた、つばの広いストローハットをそっと持ち上げて。

そっと小さなキスを一つ。

こんなに暑い空の下でも、やはりその唇は冷たかった。
変わらないその温度に安心して、抱きしめる。









「おかえりなさい。」

「ただいま。」







「いつか、毎日言えたらいいね。」

「プロポーズ?」







「言っただろう?一生の、お気に入りにするって。」

「やっぱり、壮五は男前。」







「愛してる。」

「知ってる。」















顔を見合わせて笑い出す。
二人なら、どんな事でも楽しめそうな気がする。




隣で微笑む預言者の目に映るのは。
どこまでもどこまでも果てなく広がる空。




未来へと一筋の飛行機雲が伸びていた。











END ( エンドロール→ )

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