また春に会いましょう




「壮五、どうしよう。暇な時来て。」







これは昨夜夜中に入っていた留守電のメッセージ。
蒼さんが電話をしてくるなんてレアな事なのに、そして留守電にメッセージを残すなんてスーパーレアなのに、地方ロケで疲れきって帰宅した僕は着信に気づかないくらい、熟睡してしまっていたらしい。
朝慌てて電話をしてみたけれど、聞こえてきたのは長すぎる呼び出し音の後に、「ただ今近くにおりません。」という機械的な声。
今日は都内で夜まで仕事があるし、遅くなってしまうけれどそれから向かうことにした。途中、合間に何度か工房に電話をしたけれど、全く同じ。留守電にしていないということは、あの店にはいるのだろうか?それとも蒼さんの事だから、留守電にすること自体を忘れているのか。
何がこんなに不安にさせているのかって、関心な用件の、何がどうしようなのかという所を触りだけでもいいから、メッセージに残してくれない所だ。そういう所はまるで環くんといい勝負だと、大きくため息をついた。








夜、全ての仕事が終わった只今22時過ぎ。
明日の仕事は午後からだ。
終電に乗れなくても、最悪朝一で寮に帰ればいい。
また大和さんに朝帰りだとからかわれるだろうか。


電灯がほとんどない坂道。
蒼さんが日頃こんな真っ暗な所を歩いているかと思うと、心配になる。中程まで進むと、蒼さんの店から薄明かりが漏れていた。
良かった、店にはいるみたいだし、まだ起きているらしい。


鍵が占められている扉を、タカタンと早めに3回ノックする。
これが僕の合図。
インターホンもケータイも持たない蒼さんは、極めて原始的な方法で親しい人間を判別していた。







ガチャ、と扉を開けた蒼さん。
目が真っ赤だった。目の下には酷いクマ。







「壮五、どうしよう。」

「とりあえず、まず部屋へいこう。ちゃんと落ち着いて聞かせて?」






工房には作りかけの帽子。
さっき通ってきたお店の様子からしても、今日は普通に仕事はしていたようだ。仕事しながら昼寝しているような蒼さんが眠れなかったとは、一体何があったのだろうか。







「このメール見て。」







蒼さんが指したそのメールはイタリア語だった。






「待って、僕、イタリア語は全部は読めないよ!?」

「そうか・・・・・・。」

「そうか、じゃなくて、ちゃんと訳して教えて。」






「ホームページ、動画サイトに投稿された素晴らしい作品を見た。我々マーレでの厳正なる協議の、結果、来年春に発表される、コレクション、“マーレバイオレット”のデザインと制作指導の担当を、ぜひ依頼したい。できるだけ早く返事くれ。マーレCo. ・・・・・・あ、下に英語も載ってた。気づかなかったな。」







「ちょっと待って“マーレバイオレット”って、あのマーレバイオレット!?」

「みたい。」








それはマーレ代表する色、紫に染色された高級フェルトを使用して作られ、毎年春に発売されるマーレコレクションのハット。世界中の帽子職人やデザイナーから1人選ばれて、その年のヘッドウェアー界の頂点を飾る。既に来年春のコレクションについて、検討されている時期だったらしい。僕たちIDOLiSH7とのコラボから話題になった動画は、海外から評価やコメントが多い。おそらくそれが世界中にアンテナを張って審議するマーレの目にとまったのだろう。

フェルメールと言えば青、ゴッホと言えば黄色。国内大手二輪メーカーのバイクと言えば黄緑。画家でも企業でも、昔から代名詞となる色がある。マーレはそれがスミレ色、つまり紫だった。その特許的な色あいは、マーレバイオレットと呼ばれている。







「すごいじゃないか!!あの、マーレバイオレットに選ばれるって、名誉なことなのに、蒼さんは何をそんなに考える込んでるの!?普通の人ならすぐにでも返事をして大いに喜ぶ所だよ!」

「本当に、私なんかでいいのかな・・・・・・。」

「良いと思ってもらえたから、こうしてホームページを通してあのマーレから直々に依頼がきたんだよ!」

「マーレバイオレットに選ばれてった人達は、その後みんな世界的に有名な職人として活躍している。私に、そんな大役務まるのかな。それに、私はここで、日本で職人をしていたいんだよ。」

「そのために、僕は蒼さんにパソコンやネットというツールを教えたんだよ。世界中どこにいたって、このお店から発信できるように。だからこそ、ここから、もっと頑張って欲しい。もし、しばらくここを離れる時が来て、また何か失うんじゃないかと怖いのなら、僕がここにいてあげる。ここで待ってる。」

「壮五・・・・・・。」

「蒼さんがカッコよく大仕事して帰って来るのを待つよ。もし会いたくなった時は、やっぱりここで蒼さんを待ってる。僕のこと、信じられない?」

「本当に、いいのかな。」

「大丈夫だよ。」

「じいちゃんも、いいって言ってくれるかな。」

「きっと喜んでくれる。」

「頑張って、みようかな。」







蒼さんの目に少しずつ、 力が戻る。
しばらくの間、一人で心を整理するみたいにブツブツ言っている蒼さんを、僕はずっと後ろから抱きしめていた。その体は相変わらずひんやり感じたけれど、その心は確かに今、熱を取り戻している。

手をキーボードへと伸ばし、見慣れないイタリア語の単語をどんどん並べる。







「よし、依頼、受けたよ。」

「僕も正直まだちょっと、ドキドキしてる・・・・・・。」

「ホントは、夢だったんだ。ずっと、マーレバイオレット。」

「そうだったんだ・・・・・・。」

「その時の自分にはマーレバイオレットがどれだけ遠いのか、知りたくて。それで、イタリアへ冒険に出たんだよ。」

「蒼さんの夢、やっと叶ったんだね。」

「全部、壮五のおかげ。IDOLiSH7のおかげ。ありがとう。」











不安を覚えた、いつかのあの時。
やっぱり未来は大きく動き出していたんだ。
あなたを乗せて、僕を乗せて。
何も怖がらなくていい。
きっと明るく、そして優しい春の木漏れ日のような光が、
僕らの未来には差しているから。

















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