変換予測に並ぶのは








初夏を思わせるような暑い日も出てきたけれど、そろそろ梅雨入りの話題が予報で囁かれる六月。

それでもまだ街中ではあちこちで、僕達MEZZO"の新曲が流れている。何とか3月中旬には間に合い発売されたのだけど、むしろタイミングは良かった。卒業ソングで溢れかえるこの年度末の音楽市場を、新緑で塗り替えるかのように、僕達の歌は鮮やかにチャートをかけ登って行った。




『キミと愛なNight!』の帽子職人体験は編集も終わり、無事GWに特別番組枠として放送された。
TVでの放送はしっかり録画をしておき、蒼さんもせっかくだから一緒に観ようと僕達の寮へと誘った。体験は三回に分けて行われていたため、IDOLiSH7のみんなも蒼さんと親しくなっていたから、その日の寮は大賑わいで大変だった。




そして帽子屋プランタンのオンライン化。
放送してすぐに検索や問い合わせが可能なようにと放送日までになんとか作成の全てを間に合わせ、どこからでもかかってこいという状況で挑んだ。

結果は、大成功。
放送開始からおよそ30分後には、新設のためアクセス数がほとんど無かったホームページへのアクセス数が信じられない勢いで増え、放送が終了する頃には問い合わせのフォームに数百という単位での問い合わせが殺到していた。そしてその内容はほとんどが「IDOLiSH7のデザインした帽子は発売予定があるのか?」ということだった。

この反響にも蒼さん自身は大して驚かず「そんなにすごい事なの?」と呑気な事を言いながら紅茶を飲んでいるものだから、「二年先まで毎日紅茶飲む暇も昼寝する暇もないくらい、帽子作らないといけなくなるかもしれませんよ?」と言ったら流石に、ポカーンとした顔を浮かべ、次第に「どうしよう!?」と慌て始めた。

僕もアドバイスをしながら考えて、最終的に数量限定生産することで決まった。もちろん作るのは蒼さん一人でのことなので、それぞれのモデルを10個ずつファンクラブで抽選を行うことになり、恐ろしい倍率で当選者が決定した。実際に手元に届くのは完成し次第となるため、既にネットではオークションに出せば最低でも二〜三十万はするのではと噂されるほどだった。

放送から日が経ち、一度騒ぎが収まっても蒼さんのホームページは賑わっていた。もちろん、来店者も格段に増えた。当然のことだ。蒼さんは一流の技術とセンスで、クオリティーの高い帽子は作っていたけれど、商売は全くしていなかったに等しいのだから。それが商売をし始めた、つまり買ってもらうためのPRを始めたのだから。

IDOLiSH7から入ったファン以外にも、帽子好きからは今の時代にこんな店があったのかと、こんな職人が日本にいたのかと注目を集めた。

更に驚くのは、海外からの問い合わせだった。
あのダグラスさんの時にも感じたことだけれど、僕達は意外にも海外のファンが多い。大コケのライブを始め、僕達の動画には何かと話題性のある内容が多いし、ウェブ配信番組もあるので、広がりやすかったとマネージャーは言った。動画サイトでは、この帽子職人体験の回の動画があっという間に広がり、そこには横文字のコメントが多く溢れていた。

ホームページには、実際今店に並んでいる商品の写真や説明を多数載せてあった。すぐに売れるもの、必要に応じてこれから作れるもの。問い合わせフォームでは、日本語のコメントからは主に僕達IDOLiSH7関連の内容が多く、横文字のコメントからはほとんどが中折れやシルクハットなどの、型物と呼ばれる本格的な帽子の問い合わせだった。










少しずつ、少しずつ。
末永蒼という帽子職人が、一人の女性が。

遠くなってくような気がした。

僕だってもう子供じゃない。
単純に、蒼さんがその実力を認められて嬉しい。
その手伝いをしたのが自分だというのは、ちょっと誇らしい。
でも、どこかで余計なことをしてしまったように思う。
どこかで本当は蒼さんはこんなの望んでなかったんじゃないかと。
そして、そのうち僕の知らない所へ行ってしまうんじゃないかと。









急に忙しくなった蒼さんだったけれど、僕といる時間は今までと変わらなかった。お互い仕事の合間をぬっては蒼さんのお店で会う。
覚えたての不慣れな操作で分からない所があれば、今もこうして。
また二人並んでパソコンの画面を眺めた。







「なんかさ、時々。まだ自分が自分じゃないみたいな感覚になるよ。一人でフラッと歩きに行って、戻って来た時に、ここは自分の家だっけ?みたいな、変な感じ。」

「蒼さん・・・・・・。お願い、本当のこと言って?」

「どうした?」

「その・・・・・・番組で取り上げたり、ネットビジネスに対応させたり、僕は恩返しのつもりで手伝ってたんだけど・・・・・・。本当は、嫌だった・・・・・・?」

「まだ飲み込めないことばかりで、この店や帽子職人としての末永蒼がひとり歩きしている戸惑いは、正直あるよ。」

「じゃあ、やっぱり・・・・・・」

「でもね、壮五。私は日本から離れる気もなかった。見ての通り、商売のことも苦手。それでも、その両方を今ここで、こうして出来るようになったんだよ。それは、全部壮五のおかげ。壮五が手伝うって言ってくれて、まぁ、あの時は全然理解してなかったけど・・・・・・壮五が言ってくれたから、やってみようと思えた。」

「蒼さん・・・・・・。」

「逆に時々、本当にこんな感じでずっと続けていてもいいのかって、考えることもあったんだ。壮五はすごいよ。アイドルも出来て、経済や経営にも詳しくて、パソコン出来て、男前で。ありがとう、本当に。」

「僕、心配で・・・・・・不安で・・・・・・。余計なことしちゃったかなって。最初はすごくワクワクしてたんだ。僕で役に立てるなら、って。でも蒼さんは・・・・・・。」

「今言ったことは嘘なんかじゃない。私の本当の気持ちだよ。感謝してる。それに、前にもいったけど私はきっとこれからも、ずっとここにいるよ。いつも。」

「良かった・・・・・・。それを聞いて、安心した。」

「壮五が会いたくなったら、私はここで待ってる。壮五に会いたくなっても、私はやっぱりここで待ってるよ。いつまでもずっと。壮五が来てくれるまで。」

「蒼さんも、スマホ持てばいいのに。」

「今はこっち、パソコンでいっぱいいっぱい。そのうち余裕出来たら、覚えてみようかな。何だっけ?ほら、そのお茶みたいな名前の・・・・・・」

「アハハ、ラビチャだよ。」







ひどく安心感が襲う。もう大丈夫だ、と。
途端に触れたくなる。その熱を確かめたくなる。
好きなんだ、この人が。
どんなに遠くへ行かないとわかっても、
僕の腕に閉じ込めて、ずっとずっと独り占めにしたい。






「蒼さん、僕って子供っぽい?」

「うーん、どうだろ?大人っぽく感じる時もあるし、でも時々子供みたいな気もするし。」

「そう言えば、蒼さんって28歳だったんだね。」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「ネットの契約する時に、手続きの書類で初めて知った。」

「そっか。」







唇に「好き」と乗せて、唇へ。
安心感の海とやらはとても甘くて意識を朦朧とさせる。
他愛のない会話も沈黙も、全てが夢心地だ。

手をとってみる。
掌を重ねて見たけれど、何か違う。
その頬に触ってみる。
陶器みたいに滑らかで冷たくて。







「壮・・・・・・五・・・?」






抱きしめた蒼さんは、やっぱりどこかひんやりしていた。







「僕、少しおかしいのかな・・・・・・。蒼さんがとても冷たく感じる。」

「いつも熱いところにいるから、自然と平熱低いのかな?」

「寒くない?女性は体、冷やしちゃだめだよ。」

「じゃぁ、壮五レンジであっためてよ。ほら、そこ。ラップあるよ。」

「ラップって・・・・・・毛布じゃないか。どういう意味?お姉さん。」

「男前な壮五なら分かると思うんだけど。」

「もう、いつもそうやって僕を上手く動かすんだから。」








溶ける、解ける、融ける、熔ける。

さて、正しい漢字はどれでしょう?

それは、魔女からの意地悪な問題。










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