角度を変えて見た君は







三回目、いよいよ最後の収録。

前回の仕上げを行い、完成した帽子の披露。
それぞれに難しかった所やデザインのポイントを言い、コメントをしていく。ナギくんの『まじ☆こなシルクハット』には正直ドン引きした僕達だけど、カメラマンを始めスタッフからは「一番おいしい所でハズしてくれた!」と大好評だった。

披露は工房ではなく、店のテーブルを囲んで行うことになった。
まだ寒い日が続くけれど、放送される時期を考えて蒼さんは店内のディスプレイを少し変えていた。
春らしい色。コットン、麻の素材。
そして、パナマやラフィアなど、初夏を思わせる天然素材。
僕達の賑やかさを、優しく見守るように帽子は並んでいた。







「というわけで、今回の体験も無事終わりましたが、どうだった?陸!」

「選んだ帽子で、すごくその人らしさが出るなーって思った!みんな無意識に選んでいるようで、帽子がその人の特徴を教えてくれているみたいに。」

「タマは帽子まで王様プリンにしちまうんだもんなー。」

「それを言ったらナギくんなんて・・・・・・。」

「イオリのマリンキャスも、シルエットがシャープデス。」

「大和さんのハンチングもなかなか渋いしな!せっかくなので、俺達の師匠にもちょっと聞いてみようと思います!蒼さんにとって、帽子の魅力って何ですか?」

「そうだな・・・・・・。帽子をかぶった瞬間、何だか違う自分になれるような。何か特別な事が起こりそうな気がして、ワクワクするような。その反対に、辛い時も帽子をかぶればまたいつもの自分に戻れるような。帽子が持つ魔法。それが最大の魅力だと思うよ。」







それは、僕が帽子をかぶる時にいつも思う気持ちだった。
あの日初めてここに来た時にも、僕は特別な事が起きると期待して帽子をかぶり出掛けたんだ。
そして僕はその魔法であなたに出会えた。

でも。

「辛い時も帽子をかぶればまたいつもの自分になれる。」

思えばあなたはいつも帽子をかぶっていた。
外しているのを見たのは、一度だけ。
店のテーブルで居眠りをしていたあの時。

帽子をはずした蒼さんは、どんな悲しみを抱えているのだろうか。
蒼さんが辛い時、帽子と同じように僕も側にいたい。
あの時のキスは、僕にそれを許してくれたわけではなかったのだろうか?























スタッフが帰り、次にメンバーのみんなが帰り。
僕は一人残り、オンライン化のためホームページを作っている。
蒼さんは隣で画面を眺めながら、素材や使用する画像なんかをチェックしていた。







「本当に、ありがとうございました。おかげで、すごくいい企画になりました。」

「いいよ、私も楽しかった。それに、壮五にはこうして色々やってもらっちゃってるし。」

「僕が言い出したことなんですから。それに、僕で役に立てるなら。」

「紅茶、淹れようか。待ってて。」







席を立とうとする蒼さん。
一瞬で僕の周りの温度が下がったような感覚を覚える。







「紅茶、今はいいです。その代わり、ちょっとの間こうさせてください。」

「ん?」







蒼さんの膝の上に頭を乗せて横になってみる。
エプロンからは、アイロンをかけたばかりのシャツのような匂いがした。
あぁ、そうだ。この人は熱い蒸気の中で生きているんだ。
窓を開け放ったなら、蒸気と同じように冷たい外の空気へと消えていってしまうのだろうか?







「どうした?今日は男前壮五じゃなくて、甘えん坊壮五?」

「角度を変えたら、何か違う蒼さんが見えるんじゃないかと思って。」

「それで、何が見える?」







白い首筋、顎の頂、薄い唇。それから・・・・・・







「その目には、一体何が見えていますか?」

「膝枕で甘える壮五。」

「その人は、どんな顔をしていますか?」

「泣き出しそう。」

「どうして?」

「好きだから。」

「誰を?」

「私。」







灰色の瞳を見つめた。
そこに映るのは紛れもなく泣き出しそうな僕だった。







「何で、そんな顔してるの・・・・・・?」

「壮五が?」

「違う。蒼さんが。」







見上げた蒼さんも、泣き出しそうな顔をしていたんだ。






「なんか、壮五が遠くにいるみたいだった。」

「僕が?」

「アイドルなんだなーって。私はテレビで見る感覚分からないけれど、やっぱり画面の向こうの人なのかなーって。」

「ここにいますよ。でもね、実は僕も・・・・・・そのうち蒼さんが遠くに行っちゃいそうな気がしてた。」

「ここにいるよ。私は、多分ずっと。」

「イタリアへは、人材育成のためにいってたんですね。教えてくれればよかったのに・・・・・・。」

「先の長い付き合いになりそうだと思ったから、ネタは小出しにして行かないと尽きるかと思って。」

「ネタが尽きても愛情は尽きませんよ。何故、イタリアに行かないんですか?」

「ここ、じいちゃんの店だったんだ。ここは私の遊び場で、物心つく頃からいつも帽子作ってるのを見て育った。じいちゃんに職人としての全て技術を教わって、ちょっとばかり冒険してこようと、イタリアへ行ったんだ。帰って来たら、一緒に職人やろうねって約束して。」

「冒険・・・・・・。」

「若かったし、単純に自分の力を試して見たかったんだよね。今でも向こうで繋がりがある人達はみんな、その時の知り合い。一通り気が済んで、日本へ帰って来たんだけど。約束は果たせなかった。じいちゃん、亡くなってた。帽子作りかけで。うちは両親も若くして亡くなってたから、一人きり誰も気づいてやれなかったみたいで。」

「蒼さん・・・・・・。」

「ここから離れると、また大切なものが無くなっちゃいそうな気がしてさ。じいちゃんのこの店も、職人としての自分も。それなりに稼がなきゃならないから単発でイタリアへは行っても、私は日本で、ここから離れるつもりはなくて。」

「蒼さん・・・・・・・・。」

「ちょっと、何で壮五がそんな顔するの?」

「蒼さんが、泣いてるから・・・・・・。」






帽子は、蒼さんにとって未来で。
それが過去になって。
まだ辛いから、今現在(ここ)でもある。

帽子は、蒼さんにとって全てで。
そこに僕がはいり込んだとして、一体何が出来るだろう?

それでも側にいたいと思うから。
その涙を帽子で隠すのではなく、僕が拭いたいと思うから。







「好きだよ、蒼さん。」

「知ってる。」

「言ってよ?僕のこと、好きだって。」

「大好きだよ、壮五。」




















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