触れた先で未来を占う



ここの所、僕は寮と仕事と蒼さんの自宅とを往復している。
メンバーのみんなには、手伝える事があれば言ってくれと、また身体壊すなよと心配されているけれど、僕自身は不思議と、そこまで追い詰められている感じは無かった。むしろ楽しかった。何か新しいことを始める。そしてそれが蒼さんのためになるのだと思えば、FSCの跡取りとして育てられてきたことも、無駄では無かったと嬉しくなった。

オンライン化にあたり、パソコンを購入するための予算として、大体どれくらい使えるのかを蒼さんに聞いた。しかし、全く頓着のない蒼さんには逆に「いくら位で買えるの?」と聞かれてしまった。
仕方なく、出過ぎた真似になることを承知でこの店のお金の出入りなどを見せてもらったが、お世辞にも繁盛しているとは言えなかった。
ものを作るには、それなりに材料費という投資が要る。蒼さんが作品に使っているのは、どれも良質なものばかり。これだけのものを仕入れて、売ったその売り上げを考えると、完全に赤字だ。資金源は一体どこにあるのだろう?生活はどうやりくりしているのだろう?

海外へ出ることも多いようなので持ち運びを前提とした、重すぎず、かと言って軽量化のために一般的な機能の一部が制限されるようなものでは無い、ノートパソコンを選んだ。
基本的なソフトは内蔵されているので、それを使いビジネスの管理ができるよう、表やファイルをどんどん作っていく。それぞれのファイルに互換性を付けながら、どう教えれば蒼さんが理解して使えるかを頭の中でシュミレーションしていった。








「壮五は、アイドルなのにコンピュータとか経営学にも随分詳しいんだね。」

「大学で一応勉強していたんです。途中で辞めちゃったけど。」

「いや、そういう感じじゃないな。何ていうか・・・・・・目的を決めたらまず何からどう動かしていくか、手っ取り早く物事を遂行する方法を知っているというか・・・・・・。チェス、上手いでしょ?」






この人はエスパーか何かだろうか。
蒼さんの目からこの世界を覗いてみたら、一ヶ月先の天気まで分かってしまうのではないか?もし、蒼さんが今「明日世界が滅びるよ」と言えば、僕は信じて最後をどう過ごそうか考え始めるだろう。
同じパソコンを眺めて、僕の隣に座るこの預言者に。
僕の未来を聞いてみるのも面白いかもしれない。







「ファイブスターカンパニー、通称FSCをご存知ですか?」

「それはさすがの私でも知ってる!色んなもの作ってるし、日本の財政会では中心的存在だよね。え・・・・・・、逢坂ってもしかして・・・・・・。」

「そうです。会長の逢坂壮志は僕の父。一人息子だったので、幼い頃から僕はずっと将来FSCで人を背負って立つためのあらゆる教育を受けて来たんです。」

「アイドルがどれ位儲かるのかは知らないけど、その年でマーレを知ってる時点で只者じゃないとは思ってたんだけど・・・・・・。そうか、すごいな。それで?」

「僕・・・・・・アイドルになることを、音楽というものに反対を受けて。縁を切って飛び出してきたんです。今、こうしてみんなの努力のおかげで順調にアイドルの仕事を出来ているから結果良かったものの、将来が保証された世界じゃない。時々、この先もし何かあって・・・・・・その時僕はどうなるのかと不安になる時も正直あります・・・・・・。」

「細くて壊れそうな見た目と違って、壮五はずいぶん骨太なんだね。でも、その根性あれば大丈夫だよ。」

「見た目って・・・・・・。やっぱり僕、男らしくないですかね・・・・・・。」

「そんな事言ってないよ。でもさ、先が見えないのはどこで生きてたって同じだよ。全く売れない帽子屋にフラッと立ち寄ったハリウッドスターがたまたま買った帽子が、半年後世界的に注目されて数年先まで予約が埋まり生産されるようになる。どこかの路上で歌っていた名もない音楽好きが、いつの間にかテレビで歌うようになり街中に彼の歌が繰り返し響くようになる。経済だって、いつどこでナントカショックが起きてどうなるのかなんて分かったもんじゃないでしょう。」

「確かに・・・・・・。」

「それでも、生き延びてく人ってのはきっとみんな、壮五みたいに骨太な人達なんだよ。壮五、日本が沈没しても泳いでった先のどこかの無人島で生き延びれそうだもん。」

「本気ですか?それ。」

「うん。」

「じゃあ、日本が沈没するその時は。僕が蒼さんも連れ出しますから、泳いでついて来てくれますか?どこかの無人島へ、一緒に。」

「良いよ。私、泳ぐの得意。任せて。一緒に行こう。」







一瞬のようでとても長い三秒。
そしてどちらともなく笑い出す。
その笑い声はだんだん大きくなり、しばらく続く。
蒼さんに出会ってから、この笑い声は何度目だろうか。
これから先も続けばいいのに。
もっともっと、一緒に笑えればいいのに。




そんな自分の気持ちを胸の辺りから胃の奥へと流し込もうと、
蒼さんが淹れてくれた紅茶のカップに手を伸ばす。

その僕の手に、蒼さんの冷たい指先が触れた。

僕の手をそっと包むように優しく握って。
次の瞬間にまた冷たい温度のさっきとは違う刺激を受ける。

それは柔らかくて、まるで僕の全身に命を吹き込むような。







蒼さんの唇。








手の甲へのキスは敬愛の意味。
相手の女性を尊敬し、親しく思う気持ちを表すもの。
ナギくんは確かそう言っていた。







「蒼さん・・・・・・。」

「ん?」

「あなたはどうしてそんなに男前なんですか・・・・・・。」

「壮五の方が、男前でしょう。」







そう言って意味深に薄く弧を描いた、冷たい唇。

白いその頬に触れながら。

僕の唇を重ねた。







「全くもう。僕にも少しくらい、カッコつけさせてください。」

「カッコイイよ、壮五。最高に。」







唇へのキスは、愛情。
それはとても、とても真っ直ぐな。














「あれ?壮五さん、まだ帰ってないの?」

「もういい時間だしなー。今頃例の魔女とイイ感じに・・・・・・痛゛っ!!どこから飛んできたんだこのボールペン!?」

「四葉さん、二階堂さんが王様プリン買ってくれるそうですよ。良かったですね。」

「マジかよ、やった、ヤマさん!」

「このボールペン、イチのか・・・・・・。公務執行妨害で訴えるぞ?」

「ほう。何の公務ですか?倍返しにしてさしあげましょう。」

「成人指定したくなるようないかがわしい内容と復讐は俺の専売特許、なんだろ?ちょうど今まさに出動しようとしてた所だ。」

「堂々と認めないでくださいよ・・・。開き直りですか・・・。」

「なんか、よくわかんねーけどヤマさんの、勝ち?」

「ありがとうな、タマ。」

「だから、早くプリン買ってきて。」

「コイツ・・・・・・。」




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