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「失礼します、小鳥遊芸能事務所の者です。」
少し緊張を持ちながら、お邪魔した響蒼さんの仕事場。
「どうぞー」と、扉を開いた先で待っていたのは。
軽めのシャツにパーカーを羽織り、ショートヘアの前髪を事務用のクリップで留めた女の人だった。そして、片手にはマグカップ。僕達を一番に出迎えたのは、珈琲の香りだった。
「お忙しい所失礼します。この度はMEZZO"新曲の御依頼受けて頂き、誠にありがとうございます!」
「まぁまぁ、そんな堅苦しくならないで。こちらこそ、初めまして。作曲をしてる、響蒼です。作曲家とはいっても、あなた達と歳もそんな変わらないし?どうぞ仲良くしてね。」
「うす。俺、四葉環。で、こっちがそーちゃん。」
「そ、壮五さん・・・・・・?どうしましたか?」
僕らしくない、自分で自分が信じられなかった。
普段ならメンバーの誰よりも率先して挨拶をして回る僕が、挨拶を忘れるなんて。驚いたマネージャーの声で、ふと我にかえる。
だって、あまりにも────
「あ、スミマセン・・・・・・!!失礼しました!!!お、逢坂壮五と申しますっ!MEZZO"には専属マネージャーがいないので、スケジュール管理などは僕が基本的に行っています。よろしくお願いします!」
「そーちゃん、しっかりしろ!何ボーッとしてんだよ?」
「あははっ、いいって!さっきも言ったけど、ホント、気にしないで?仲良くしよう。そっか、じゃあ、何かあったらマネージャーにもだけど、壮五くんにも連絡入れることにしよっか。あとでラビチャ、教えてくれる?」
「は、はい!そうしていただけると、ありがたいです!」
「私の方からも、よろしくお願いしますね、響さん。」
「さてと。それじゃあ早速、聴く?新曲のデモ。」
聴かせて貰った新曲。
それは今までの曲のように爽やかだけど、今までの曲とは違うポップなナンバーだった。MEZZO"の新たな一面を引き出してくれるに違いない。きっとマネージャーも環君も、同じ事を思ったはずだ。
これから練習して、僕達の歌にしていけるのが嬉しくて、楽しみで仕方がない。
それから新曲についての打ち合わせと少しの雑談をして、マネージャーは環君と次の仕事先へ向かうからと退室していった。どうやら子供組での仕事が待っているらしい。
僕は蒼さんの仕事場に興味があったので、「いいのいいの、ゆっくりしてってー」と言う蒼さんのお言葉に甘えて、もう少しお邪魔させて貰うことにした。
帰りがけに「そーちゃんは、蒼っちの大ファンだから、邪魔しない方がいいだろ?」なんていたずらに言うから、僕の心臓は一瞬止まって急に動き出したかのように早くなった。
仕事場には数え切れない程のCD、楽譜、機材。
こうした中で曲が生まれてきたのかと思うと、今更ながら何だかものすごい場所に来てしまったように思えた。
蒼さんが淹れてくれた珈琲を頂きながら、ふと思った事を聞いてみる。
「蒼さんは、どうして作曲家になったんですか?」
「知りたい?」
「あ、いえ・・・。ちょっと気になったんです。年齢だって僕らと近いし、それでいて日本の音楽シーンの最前線で活躍されている。なかなかお会いできないような方と、こうしてせっかくお話させていただいているので。」
「控えめなんだね、壮五君は。面白いなー。」
「面白い、ですか?初めて言われた気がしますけど・・・。」
「いいよ、分かった。教えてあげる。」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
「ただし、条件があるよ。そうだな、今私が作ってる新曲が無事ヒットしたら。発売された週の、週間セールストップ1位を獲る、なんてどう?」
思わぬ条件に、目を見開く。
でも。出来る気がする。
蒼さんのこの曲と、僕達なら。
いや、やってみせる。
湧き上がってくる何か熱い感情と勢いに任せて僕は答えた。
「分かりました。必ずヒットさせてみせます。」
環君、ごめんね。
明日から猛練習だ。僕の自分勝手に少し付き合って。
初めて会った瞬間の蒼さんは。
あまりにも────
綺麗な人だった。
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