変わる季節を告げる音





「あー、そこ、頭気を付けて。どうぞ。」

「うわぁ・・・・・・、これが工房・・・・・・!」







蒼さんに案内されて、店の奥へと進む。
店とそれから自宅兼工房は、斜面を上手く利用した造りになっており、工房は思いのほか広かった。

沢山の生地、ピン、昔ながらの道具とミシン、そして沢山の木型と金型。
黒魔術で使うような大きな鍋まで。







「二週間空けちゃったから、少し埃っぽいかも。おじいちゃんが帽子職人でさ。道具や木型なんかは、ほとんど全部譲り受けたものなんだ。」

「凄いなぁ・・・・・・例えば、ハットはどの道具を使って、どんな工程で作るんですか?」






まず、使用するフェルト生地を蒸す。
そして木型に入れ、フェルト生地に蒸気をあてながら伸ばし、望みの形にする。実際に少しだけ機械を動かし、端切れのフェルトに蒸気をあてて見せてくれた。
一気に工房に充満するひどく蒸し暑い空気と、プシューと抜けるスチーム音。








「大体、普段の作業中はこれよりあと10度くらい熱くなった感じかな。」

「だからいつも半袖のTシャツだったんですね。」

「そう。化粧も同じ。こんな中で化粧なんてしていられないよ。汗で流れて、お化けになっちゃう。」

「職人、ですね・・・・・・。かっこいいなぁ。」






型入れの後にのり付け、脱水、乾燥が終わったら最後にトリミング。
いとも簡単に次々に。道具を手に取ったり、あちこち指を指しながらどんどん説明していくけれど、実際の工程はかなりの時間をかけて行われるらしい。特に最初の媒体であるフェルトを蒸して圧縮していく作業を数繰り返し、時間をかけて行うそうだ。

経験が全てであり、手の感覚が頼りになる世界。
今では安く仕入れて大量生産を行うメーカーもあるけれど、この手作業の工程は時代が移ろうが決して変わらない。





「効率化のために、どんな小さなポイントだとしても品質を犠牲にはしたくなくてね。」

「なかなか深い言葉ですね。」

「フフッ、あのマーレの創立者の受け売り。」

「僕達は・・・・・・、割とバラエティでも面白がってもらえているんですけど。でも、IDOLiSH7の魅力は、一番はライブかと思うんです。直接僕達の気持ちを、ファンの方に手渡しできる場というか・・・・・・。」

「いいじゃない。作られた番組も、CDも、今の時代編集でどうにでも出来るよ。でも、ライブだけは誤魔化しが利かない。それが一番の魅力だっていうのは、最高にかっこいいと思う。」

「よかったら、今度。見に来てください。僕達のライブ。」

「そうだ!今、今歌いなよ!聴きたい!壮五歌えるんでしょ?壮五歌って、歌って、壮五絶対歌ってー!」

「今ここでですか!?そんなゴリ押し・・・・・・」

「ほら、なんでもいいよ!!はい、さんにーいち。」







『泣き出しそうな空で 静かに流れる雲が
通り過ぎたら会いにいこう 君に

いつだって素直になれない 感情が邪魔しても
伝えたくて仕方ないんだ 目を閉じて眠りにつく瞬間
浮かぶ その笑顔

お気に入りの帽子の内側に ドキドキを閉じ込めて
小さな花に挨拶したなら 全てが晴れてゆくよ
愛しさか募っていく 僕の中で溢れ出す
君はまだ気づいていない 始まりの予感・・・』







初めは照れくさくて小さかった声が、次第に伸びていく。
Aメロの16小節分を聴いてリズムと曲調を掴んだのか、蒼さんは僕のアカペラに合わせて椅子を叩いたり、バケツを反対にして叩き始めたり、ビーズの詰まった瓶を振ってみたりと楽しそうだった。その笑顔が本当に楽しそうだったから、僕も釣られていつの間にか楽しくなっていた。

ワンコーラスが終わり、満足そうに拍手をくれる蒼さんをみて僕は思った。
この人はきっと、なんでも手作りにしてしまうんだろう。
その手にかかれば、どんなつまらないことも彼女の不思議な魔法で輝き出すのだろう。







「蒼さんは、音楽も出来るんですか?」

「んなわけないよ。テキトーに遊んじゃっただけ。」

「すごく、いいサウンド出来ちゃってましたけど・・・・・・。」

「私達、なかなかナイスなフィーリング。」








そうだ、これは今日二度目だ。
一瞬しんと間をおいて、しばらくしてから二人揃って笑い出す。
純粋で、真剣で、計算式なんて必要ない、指に触れる感覚で語る。
湧き上がるような、キラキラ輝くような。

愛想笑いなら、正直得意だと思う。
だが、そもそも自分はこんなにもケラケラと笑う人間だっただろうか?

この人が隣に居たら、毎日がどれ程にワクワクするだろう?

僕はそんな事を思った。
思った?
違う。心の中で、願い始めているのかもしれない。






「また遊びに来ますね!」






今はこの言葉がピッタリだ。
当たり障りのない、約束。







「うん、待ってるよ。楽しかった。」







その言葉と、まだ冷めないこの跳ねるような気持ち。
それだけで、十分。

明日からはまた、よりいい仕事が出来そうな気がして早足になる。
蒼さんが叩く、椅子やバケツの音がまだ耳をくすぐる。
「楽しい」とそう思っただけで、冷たい風が優しくなる。
今夜の空が踊り出す。






春はもうすぐそこ。










「環くん、ちょっと新曲をワンコーラス歌ってくれないか?」

「別に、いいけど・・・・・・。 〜♪♪♪」

「うーん、やっぱり僕には上手く出来ないな・・・・・・。」

「そーちゃん、それ、モグラ叩きの練習? バラエティーで対決、すんの?」



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