御用の方は直接お店にいらしてください
お蔭さまで、僕は大分気持ちを楽に仕事に挑めるようになった。
もちろん自分自身の向上のために、お笑いやバラエティーに関する努力はするけれど、以前のように違う役を求めるみたいな努力の仕方はやめた。
適材適所。
それでこそIDOLiSH7でいられる。
MEZZO"の新曲も慌しいけれどなんとか進んでいる。
レコーディングも無事に終了。
残るは未だ詳細が煮詰まらないジャケットとMVの撮影だけだ。
先日、レコーディングの時に環くんが、
「そーちゃん声、いつものに戻ったんだな。」
と、意味深なことを言っていた。
果たして僕は一体どんな声をしていたのかと詳しく尋ねると、
「ゲームで、死んだ時に流れる、みたいな音?」
その彼らしく下手な説明ではまるで理解出来なかったけれど、自分でも分からないような些細な変化に気づいてくれたことや、彼なりに心配してくれていたのが嬉しかった。
僕は蒼さんにお礼が言いたくて、実はあれから仕事の合間をぬって三度ほど店に行った。
けれど、まだ一度も会えていない。
プランタンと書かれたシルクハットの看板は裏向きに掛けられており、その裏面には「CLOSE」と書かれていた。
かれこれもう二週間。
自宅兼工房だと言っていたし、これだけ長いこと留守にしているとなると、どこか遠くへ出かけているのかもしれない。
ここにいても仕方がないので、帰ろうとした四度目のその時。
「壮五!来てくれてたの!?」
「蒼さん!僕今帰ろうかと思ってた所だったんです!すごい大荷物・・・・・・どこへ行ってたんですか?」
「イタリアに、ちょっと修行に」
「イタリア!?」
「まぁいいや、とりあえず入って入って!」
今日は天気がいい。そして時刻は正午過ぎ。
今朝の予報では小春日和と言っていた。
日差しのせいか、家主が二週間も留守にしていたはずなのに、店内はいつもと変わらぬ暖かさだった。
一度荷物を置くと言って奥の方へ入って行った蒼さんも、しばらくして店内に戻ってきた。
アッシュグレーの短い髪。
灰色の瞳。
アメジストのピアス。
この日差しのせいか「輝いて見える」と、そう思ったけれど。
それは自分の中に閉まっておいた。
「おかえりなさい、蒼さん。」
「ただいま、壮五。」
そのよく分からないやり取りに、一瞬してから二人揃って声を出し笑った。
この店には、笑い声が気持ちよく響いていく。
そして、その残響が帽子達に吸い込まれていく。
「今日来てくれて良かった。ちょうど渡したい物があったんだよ。ハイこれ、イタリア土産!壮五に。」
「いいんですか!?実は僕、先日のお礼がしたくて今日遊びに来たんですけど・・・・・・なんだか頂いてばかりで申し訳ないです・・・・・・。」
「気にしないで。そんなに大層なモノじゃないから。開けてみてよ?」
「嬉しいな、何だろう?コレは・・・・・・。本革の革細工!コインケースだ!!すごい・・・・・・内側に紫色でシルクハットの刻印が押されている・・・・・・ステッチの部分も紫色の糸。これ、もしかして蒼さんが!?」
「友達のアルティジャーノ(職人)の所で遊ばせてもらったんだ。もちろん、滞在時間も短かったし、全工程を私がやったわけじゃないけどさ。でも、やってるうちにせっかくだから壮五に何か作って帰ろうと思って。やっぱりトスカーナの革はいいね。楽しかったよ。」
「ありがとうございます!!大切にします!でも、本当になんだか申し訳ないな・・・・・・。これだって、それこそちゃんと買ったらいい値段しそうですし・・・・・・。」
「気にしないで。ねぇ、時間ある?」
「お茶ですか?準備、今日は僕も手伝いますよ。」
「ううん、工房。見てく?」
初めてここに来た時の事を思い出した。
僕は非現実に迷い込み、
その不思議な世界での案内人のような蒼さん。
もっと知りたい。
この人の事を。
この人が生きている世界の事を。
僕はワクワクというよりドキドキ、そう言った方が正しいような心を携えて、蒼さんの後をついて行く事にした。
「ぜひ、見学させてください。」
「いいよ、おいで。」
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