困った時は帽子に聞け





急な坂を中程まで登り、店の前に立つ。
あの後もワードを変えたり試行錯誤して店について調べたが、何も分からないままだった。向こうにとっては社交辞令のようなものかもしれないけど、僕はまた遊びに伺うと言ってきたんだしと思い、忙しい中に時間を見つけて、こうして強行突入しにやって来た。

カランコロンと、ドアが奏でる。

薄暮時の薄暗い中にも光が差し込む。やはりここは特別な空間だった。
お店に入ってすぐにオーナーの蒼さんを見つける。
店の真中にある、この前レディグレイをご馳走になったあのテーブル。蒼さんはそこに突っ伏していた。テーブルの上に置かれたシルクハットとティーセット。足元には無造作に落ちたブランケット。寝ているのだろうか。

そっと近づき、覗いてみる。
スッキリとした鼻筋、閉じた瞼には綺麗な長いまつげ。
化粧なんて全くしていないのに、その顔は陶器のように繊細で美しかった。初めて見た時は単純にかっこいいと思ったけれど、こうして見るととても美しい人なのだと気づく。どこかナギくんに似ているなと、そう思った。アッシュグレーの細い髪に触れるか触れないかの所、手を伸ばしたその時。






「んん・・・・・・」






蒼さんがゆっくりと身体を起こして、ボーッとした目で僕を見た。







「すみません、起こしてしまいましたね。」

「壮五・・・・・・。」

「遊びに来ました。お店、開いてますか?」

「あぁ、ごめんごめん。開いてるよ。帽子見に来たの?」

「それも、まぁそうなんですけど・・・・・・」

「そうか、何か話をしにきたのか。で、なあに?」







本当に不思議な人だ。そして不思議な店だ。
今日は客じゃないと分かっても、追い払うことはしない。まだ少し眠そうな目で前髪をクシャッとかきあげながら、むしろ話とは何か聞いてくる。この流れにありがたく乗せてもらおうかと、僕は蒼さんの向かいに座った。

僕は先日の事、思っていた事を少しずつ話し出す。
相手がメンバーでもマネージャーでも無い、ただの帽子屋の蒼さんだからなのか、僕はすんなりと言葉が出てきた。

僕の職業。
僕の個性とは。
グループの中で自分がもつ役割と、その意味とは?
どう努力すれば、自分のグループの中での役割を活かせる?







「なるほどね。壮五はアイドルだったのか。確かにちょっと普通の人とはオーラが違うとは思ってたんだけど。」

「隠してた訳ではなかったんですけど、蒼さん、知らないようだったので・・・・・・。」

「ごめんね、テレビほとんど見ないんだよ。テレビ持ってなくてさ。」

「そうだったんですか。あの、まさかとは思うんですけど・・・・・・電話は引いてますよね?」

「このお店には無いよ?自宅ってか、工房になら一応あるけど。」






驚いた。
電話を引いていない店が今の時代にあったことに。
これは恐らく・・・・・・。






「あの・・・・・・ケータイとか、は?」

「要らないよ。何かあれば工房に電話来るもん。」

「じゃあ、“ラビチャ”なんて知りませんよね・・・・・・?」

「“ラビ茶”?初めて聞いたな、そんなお茶。美味しいの?紅茶、じゃないよね?アジアのお茶っぽい名前だけど、あ、イスラム系とか?」

「いえ・・・・・・何でもありません、忘れてください。」






この人は本当に同じ地球で、同じ日本で。
同じ時代に生きているのだろうか。
胸の中でジワジワと広がる、蒼さんの何とも言えないズレた所にやがて僕は思わず吹き出してしまった。






「壮五、ようやく笑ったね。」

「だって、蒼さんが、ハハッ、スミマセン、面白くて。ラビ茶って、アハハッ」






塞き止めていたものが決壊したように、僕は笑いが止まらなくなった。
なんだろう、頭が少しスッキリしていくみたいだ。
そんな僕を眺めながら、蒼さんはガサゴソとテーブルに店内の帽子を並べ出す。一体何を始める気だろうか?







「問題です。コレは?」

「えっ?ええと、トップハット(シルクハット)ですね。」

「当たり。じゃあ、コレは?」

「ワークキャップ、でしょうか?よく、昔の映画に出てくる町の工場の作業員だとか、鉄道員なんかが被ってますよね。」

「そう。単純に、この二つの違いは?」

「社交界での紳士の正装と、作業員の仕事用と・・・・・・ですか?」

「そうだね、かぶって行く場所と目的が違う。じゃあ、逆に考えて、この二つの共通点は?」






頭に浮かぶ、きらびやかな社交界と下町の工場。
相反するような、どちらも欠けては社会は回らないだろう。だけど、決して交わることもないのだろうと思う。それは思考だったり、学歴や家庭環境、労働条件、金銭感覚、全てにおいてだ。






「どちらも帽子、でしょ?」

「あ・・・・・・!」

「どんな層に求められるか、そこでどんな役割を果たすのか。真逆だよね。勿論、商品の価格だってものすごい差がある。でもさ、どちらも帽子なんだよ。人の頭の上で輝くことには、変わりはない。だから、そのままでいいんだ。」






それは当然のことで。
だからこそ見えなかった。
でも、忘れていた一番肝心な所。







「話を聞いていると、壮五のグループにはなかなかキャラの強そうな子達がいっぱいいる。ここにある沢山の種類の帽子と同じように、似合い不似合い、向き不向きや目的、役割、それぞれあるんだろうね。私はテレビの事はよくわからないけれど、いつどこで、誰が求められるか、誰にスポットライトが当たるか。それを最終的に選ぶのは、結局ファン。私にとってはお客さん。壮五達は、それぞれが個性豊かな帽子だ。どの種類が欠けても物足りなくなる。そしてその帽子達が集まってこそ人をワクワクさせる、それがIDOLiSH7。私にとっては、この店だよ。」







僕は目の前に広がるたくさんの帽子を見比べた。
そもそも帽子とは日除けであったり防寒であったり、何かしらの機能を求めて生まれたもの。そして機能と同時に個性を与えられたもの。
だとしたら僕は。







「それならこの中で僕は、どの帽子でしょうか?」

「壮五は・・・・・・。これだな、一般的なフェルトの中折れハット。」

「一般的って、今の僕には少々ネガティブな単語ですけど・・・・・・・。でもなぜ、それが僕?」

「持ってて一番ハズレがないからだよ。フォーマルにも合うし、カジュアルにも合う。世代も問わなければ、性別も問わない。誰からも受け入れられる、これ以上の強みはない。ホントに、恐ろしい子だよ。」







そう言ってハットを愛おしそうに見つめる蒼さん。
何だろう、この気持ちは一体何なのだろう。
自分の子供に注ぐように優しく、信頼のおける相棒のように頼もしい。
その灰色の瞳をもっと知りたい。近くで見てみたい。

一織くんが言ってくれたオールラウンダー。
それは与えられた役割だけではなく、僕がIDOLiSH7として世間に与える役割でもあるのかもしれない。
それが、僕にしか出来ないこと。






「ま、私はアイドルはよく分からないからさ。直感?」







ニッと笑った蒼さん。
いつの間にかこの店に、木漏れ日ではなく月明かりが差していた。
月明かりに照らされて僕を見つめる蒼さんの耳に、
アメジストのピアスが小さく光る。
それは怖いくらい美しかった。


















「ソウ、遅かったな。仕事終わってから一人でどこ行ってたんだ?」

「強いて言うなら・・・・・・魔女の所、でしょうか。」

「お前が言うと本当に黒魔術でも覚えて帰ってきそうで怖いな・・・・・・。」




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