シルクハットとレディグレイ


カランコロンと、扉が奏でた。
目に飛び込んで来たのは帽子、帽子、また帽子。
やっぱり帽子屋だったようだ。
壁一面に、数え切れない程のハット、キャップ、ハンチング、キャスケット、そしてベレー。
所狭しと並んでいるようで、絶妙な距離を保つそれらに目を奪われていると、ふと耳に流れ込むメロディー。だいぶ古い曲だったが音の感じで分かった。これはレコードだ。
音のする方へ目を向けると、そこには昔ながらのレコードプレーヤー。
帽子に目を奪われていたせいで気づくのが遅れたけれど、店の真ん中には木で出来たナチュラルなテーブルがあった。
店内は白を基調とした北欧を思わせる小物や重機で統一されており、所々に植物が置かれていた。

ふと、今朝の予感を思い出す。
この帽子が非現実へと案内してくれたようで、僕は心の中でお礼を言った。







その時。







「いらっしゃいませ。」






奥から出てきたのは、女の人?
背丈は僕より少し小さいくらいだろうか。
アッシュグレーのショートヘアと、灰色の瞳。
まだまだ寒い季節なのに、エプロンの下は白い半袖のTシャツ。
そして、頭の上にはシルクハット。
「帽子が似合う人だな。」と、そう思った。







「お、お邪魔してます。」

「うち来るの初めて、ですよね?」

「はい。たまたま通り掛かって。あの・・・・・・失礼ですが今ってお店、開いてますよね?」

「開いてますよ。うちに初めて来た人は、みんなそう言うの。そもそも、ここに来る人は昔ながらの顔馴染みか、通り掛かりの好奇心旺盛な人のどちらかだから。」







フッと小さく笑ったその人はどこか少し謎めいていて、まるで不思議の国への案内人のようだった。声を聞いて女性だとは分かったが、線の細い長身。髪型。ボーイッシュ?中性的?上手い言葉が見つからないけれど、とてもかっこよかった。僕もあまり男らしくないほうかもしれないけれど、もしこの人が男だったら。それこそ僕らみたいなアイドルにも負けないくらい、かっこいいかもしれない。






「時間、あります?」

「僕、ですか?時間なら大丈夫ですけど・・・・・・」

「じゃあ、そこ座って待ってて。お茶にしようよ。」

「あ、いえ、どうぞお気遣いなさらずに」

「嫌?」

「・・・・・・いただきます。」






椅子を引き、テーブルにつきながら昔読んだ小説を思い出した。
お腹を減らした主人公が店主の唐突な要求に答えていくうちに、最期には自分が食卓に並ぶ羽目になるというストーリー。あの灰色の目に思わず頷いてしまったけれど、僕も食べられてしまったりしないだろうか。そんな空想にドキドキするくらい、僕の心は冒険心でいっぱいだった。


カチャ、と音を立てながら目の前でお茶の用意が進む。
店内にレディグレイの香りが広がる。
ティーセットも白く北欧風。
昼間かかっていた雲はどこへ流れて行ったのだろう?
小さな窓から、ちょうどこのテーブルへと春の木漏れ日のような光が差した。






「どうぞ。」

「ありがとうございます、いただきます。」

「良いタイミング。この時間、このテーブルは陽射しがとても気持ちいいんだ。お茶でもしながら、ゆっくり帽子見ていってよ。」

「すごい数の帽子ですね。もしかして、ご自身でお作りになられてるんですか?」

「ブランドのセレクトもいくつかは置いてあるけど、7割は私が作ってる。」

「職人さんなんですね。すごいなぁ。あ!あの帽子、“マーレ”ですよね!?イタリアの老舗ブランドの!」

「そう、マーレの毎年出てるスタンダードな中折れハット。帽子、好きなの?パッと見てマーレが分かるお客さん、なかなかいないよ。正直、値段もそれなりにする。君、一体何者なの?」







ここで初めて気がついた。
そう、自分は一応アイドルなのだ。
この店に入った時から帽子とメガネははずしていた。
僕がIDOLiSH7の、MEZZO"の逢坂壮五だと気づいていないのだろうか?
それともまだまだ世間一般での認知が足りないということなのだろうか?
とりあえずこの場は当たり障りなく答えておくことにしよう。






「ただの帽子好きですよ。」

「そっか?まあいいか。帽子好きさんが来てくれて嬉しよ。よかったら、是非手に取ってみて。帽子の良さはかぶってみて初めて分かるんだから。」

「確かにそうですよね。サイズもデザインも、目で見るのとかぶってみるのでは印象が変わりますから。」

「フフッ、そうそう。ねぇ、これどう?わざと片側のブリム(つば)下げてみたの。」







それから少しの間、互いに帽子をかぶり合って。
紅茶までご馳走になって申し訳ないと思いつつも、正直僕は購入の意はなかった。勿論言いはしなかったけれど、向こうもそれを分かってくれているみたいだった。ただ純粋に帽子に触れる時間を楽しめるこの店は、とても居心地が良かった。






「今日はありがとうございました!また、遊びにきます。」

「待ってる。ねぇ、名前。教えてよ?」

「逢坂壮五です。」

「壮五、でいいかな?」

「いいですよ。あなたのお名前も、教えていただけますか?」

「末永(すえ)蒼。蒼でいいよ。」







坂を降りながら帰路につく。
明日はどうやら晴れるらしい。
坂道から見渡す夕焼けがとても綺麗だった。
木漏れ日の陽射しを受けて白いカップに光る、
あのレディグレイみたいに。


ちょっと不思議なお店と、ちょっと不思議なオーナーの蒼さん。
僕は特別な一日をくれたこの帽子に小さく、もう一度。
「ありがとう」と言いながらそっとひと撫でした。
















「壮五、今日午後オフだったろ?どこか行ってたのか?」

「そうですね・・・・・・不思議の国、かな。」

「おいちょっと環、お前壮五に何か変なモン食わせただろ!!?」





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