recognize 〜認識する





ドラマは無事クランクアップした。
今回の仕事であと残っているのは限定ユニットのレコーディングと、プロモーションビデオの撮影。お互いに所属事務所もグループも違うため、個人個人では既に練習も始まってはいるが、二人揃ってはこれからだった。
曲調としては、IDOLiSH7の楽曲よりもテクノテクニカルの楽曲に近い、テクノポップ系。初めて挑戦するロボットのようなダンスは、不慣れなことから始めのうちは戸惑いもあったが、何とかこなせている。もちろんそれは地道な練習や自主的な研究があってのことだ。蒼さんが完璧なら、私も完璧にこなさなければならない。

あの雨の帰り道。あれから、蒼さんは素直になったかというと、むしろ逆だった。何かと私と比べてきたり、相変わらず四葉さんと変なポイントで結託しては私に毒を吐いてくる。それでも、最近では休み時間の邪魔なおしゃべりも丁度いいBGMに思えてきた。IDOLiSH7の騒がしさで、もしかすると少し免疫がついていたのかもしれない。







「ねぇ、一織くんって彼女とかいないの?環くん知らない?」

「いおりん、ちさきちが、彼女いないか聞いてる。」

「え、そこで本人に聞いちゃう?環くん面白すぎ。」

「そんなことに割いてるような時間は、残念ながら私にはありませんよ。私はIDOLiSH7とそのファンのために全力で時間を注がなくてはならないんです。」

「それって、俺らが彼女ってこと?」

「あらやだ一織くんまさかの大告白?」






ようやく日誌が書き終わった。
日直の仕事が一段落着いたところで、何が面白いのか分からないポイントで顔を見合わせて笑う二人を放置して、黒板を消しに行く。

今、抱えている一つの感情がある。
その感情はとても複雑で、とても簡単なもの。私が認めてしまいさえすれば、それはおそらくそうなのだろう。人々が俗に言う「恋」というものは、時にもっと相手を知りたいという未知への欲求であったり、時に独り占めにしたいという幼稚な独占欲であったり、時に完璧なはずである己の存在を全否定したくなる程に消極的なものだったりするのだろうか。

暗く緑がかった黒板に、白いチョークが滲む。
混ざって、薄くなり、やがて消えていく。

蒼さんは、私のことをライバルだと思っているのだろうか。
それとも、友達くらいには思ってくれているのだろうか。
どちらにしても私がふと望みたくなるような感情は抱いていないのだろう。
蒼さん自身、壁を作ってしまうタイプの人間だと言っていた。
壁を壊して、その奥に入り込むよな感情や関係は苦手なのかもしれない。

ベランダへ行き、黒板消しを叩く。
降り続く雨に吸い込まれていく白い煙に、自分のモヤモヤとした気持ちを託す。このまま自然に流されてしまえばいい。減っていくチョークのように元あった形も、その残骸も分からなくなるように。
途端、自分にその白い煙がかかった。
むせ返る肺は苦しく、刺激を受けた眼には涙が浮かぶ。
自己防衛機能が働きつつも、この感情にまだ浸っていたい。
後少し、もう少しだけ。
せめてこのドラマが無事成功するくらいまでは。

意識するには十分で、認識するにはまだ足りない。
そんなひどく曖昧なものを、私は「恋」だとは断定することができない。
教室も騒がしいけれど、このベランダも雨粒のオーケストラで騒がしい。
この雨が止めば、虹もかかるのだろうか。
曇って見えない夜空にも、綺麗な星が降るのだろうか。
私はふと、七瀬さんを思い出す。
彼の歌声が流星なら。
蒼さんの存在は今の私にとって、一番星かもしれない。
暗くなった空で、ただ一人負けじと光る。
薄暮の闇と一番星は、まるで。






ライバルのようだ。














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