on the way back home 〜帰り道の途中で
「ほぉー。そりゃつまんねーわ。」
「でしょ?もうちょっと面白い人だと思ってたんだけど。」
「仕方ねーよ、いおりんだし。」
「やっぱり、IDOLiSH7の活動でもそうなの?」
「いおりんはおっかない。つまんねーし。」
この人達は馬鹿なんだろうか?
何故本人の目の前で、本人に聞こえる場所で、
あからさまな悪口を言っているのだろうか?
あぁそうか。わざとか。そこまでして私が嫌いか。
「あなた達・・・・・・私の目の前で、私への悪口なんて微妙なポイントで結託するのは辞めてもらえませんか・・・?」
「ゴメンごめん、一織くん。一織くんでも一応悪口を気にしたりするんだね。」
「ちさきち、これ以上言うといおりん泣い・・・っ!?」
「泣い?」
余計な事を言おうとした、いやもう既に言いかけた四葉さんの口を塞ぐ。体格差はあれど彼が座っていれば話は別だ。私は思い切り押さえ込み、四葉さんの耳元でこう囁く。
「このまま黙るのなら購買で王様プリン10個買ってあげましょう」
コクコクと頷く四葉さん。
目に涙を浮かべているのは嬉しいからではなく、ひょっとして私への恐怖心だろうか。
「え、何?環くん、一織くん泣いたの?」
「違う、違います、泣い、ない・・・・・・ナイト・・・・・・モード?」
「アハハハッ、何それ意味わからないよ!やっぱり環くんは面白いなぁ!!一織くんと違って。」
「つまらなくて結構。そんなに面白みのある会話がしたいのなら、二人でどうぞお好きに続けて下さい。私の見えない所で。そしてくだらない会話が私の耳障りにならない所で。」
シッシッ、と手で二人を追い払う。
おかげで明日の予習が出来なかった。ドラマの撮影に、限定ユニットの歌とダンスのレッスン。そして、もちろん一番肝心なIDOLiSH7としての仕事。10分間の休み時間ですら、私には貴重な時間だった。何も考えずにその10分間でスマホのゲームに興じたりお菓子を広げられる四葉さんが信じられないけれど、だからこそ私はつまらないと言われてしまうのだろうか?
撮影が始まってから、こうして学校でも知咲さんと話す事が増えた。とは言っても、主に四葉さんが知咲さんと話していて、それに巻き込まれているだけなので実際大したことは話しておらず、大体が彼女の毒舌に純粋な四葉さんが乗っかっては広げていくといった感じだ。
全てに辟易する、季節は6月。
これでもかと降り続く雨と、私への嫌味な毒舌。
明けるのはまだ先か。
夏空はどれほどに清々しく眩しいのだろうか。
先を思うより、今は失われたこの休み時間を悔やむ気持ちでいっぱいだ。
放課後。
あの後ろ姿、あの傘は知咲さん?
女子らしくない青いシンプルな傘は小さな上下の動きを繰り返しながら進んでいく。途端、一瞬止まったかと思うと先程よりも慎重に、ゆっくりと脇道へと消えていった。
何となく気になって後を追う。
曲がった先で再び見つけたその傘は、真っ直ぐ下へと急降下。
そこに居たのは小さな子猫。
雨に打たれて震えている。
「可愛い・・・・・・」そう心の中で呟くと、目の前の青い傘の主はそっと手を広げて「おいで、怖くないよ」とその猫を優しく抱きとめた。
知咲さんの笑顔、その細い腕があまりにも優しくて、優しくて。
普段のクールなポーカーフェイスも毒舌も、そこにはなかった。
小さな温もりを抱える知咲さん。それは初めて見る彼女の一面。
私は思わず震えそうな声でそっと、彼女の名前を呼ぶ。
「知咲さん・・・・・・?」
驚いたように上げたその顔は、恥ずかしそうで。
照れたように真っ赤で。
普通では見られないようなレアな表情。
ふいに胸が熱くなり、心拍が早くなる。
「一織くん・・・・・・!?なんでここに?」
「安心してください、別にストーカーなどしていません。たまたま通りかかった所にあなたとその子猫がいただけです。」
「見てた・・・・・・?」
「何をですか?あなたがデレっとした顔で子猫を抱き上げる所をですか?」
「ひどい、見てたんなら素直にそう言えばいいじゃない!」
「別に、私はただ目の前で繰り広げられた光景をそのまま表現しただけです。」
「・・・・・・。」
黙ってしまった知咲さん。
その腕の中には、子猫が安心した様子でミャアと鳴いた。
何となく、その場の雰囲気に流され彼女の隣にしゃがみこむ。
「お好きなんですか?猫。」
「猫っていうか、小さくて可愛い動物が好き。猫も好きだけど、うさぎはもっと好き。」
「なら・・・・・・これをどうぞ。」
「わぁ、うさみみフレンズ?これ、レアなロップちゃん!!」
ガサゴソと鞄から取り出したもの。
それは四葉さんを買収する際に買ったお菓子の、おまけ。
「ロップちゃん大好き!もしかして一織くんも、可愛いもの好きなの?」
「別に四葉さんが捨てようとしていたものを勿体ないので貰っておいただけです。日本のゴミ問題は人々が思う以上に深刻ですからね。」
「ホンット、素直じゃないよね。一織くんは。」
「あなたに言われたくないですね。あなたこそ、その緩んだ顔、普段のクールビューティーが驚き呆れますよ。」
「それは、あくまでも事務所の売り出し方だよ。確かに私自身、あまり人とキャーキャーするタイプじゃないけど、うちのセンターがカワイイ系で売り出して人気が出てるでしょ?大人が言うには、私はその逆をいくスパイス要素なんだってさ。一織くんには、この作られたギャップの辛さ、分からないだろうけどさ。」
「・・・・・・よく、分かりますよ。私も似たようなものです、私の場合、あくまでも自主的な分析結果の判断の上ですが。」
「そう・・・・・・だったんだ。」
「そんな憐れむような目で見ないでください。それに私のクールなキャラは、あくまでも元々ですよ。」
彼女の制服に水分を吸い込まれて、その毛の柔らかさを取り戻した子猫。手をそっと掴めば、肉球が小さく弾む。この会話の内に密かに弾む、私の今の心境をそのまま表したようだった。
「私さ、生まれてから中学まではずっと親の都合でアメリカに居たんだよね。」
「帰国子女・・・だったんですか?」
「うん、特に公表はしてないけど。こっちに戻って来たとほぼ同時に今の事務所にスカウトされて。向こうではそれなりに楽しくやってたし、日本語もちゃんと勉強していたけど。こっちに来て、やっぱり何かが違って。そんな時にスカウトされたから、この現実を抜けられるのならと思ってアイドルになる事を選んだんだ。でも、事務所の売り出し方もだけど、それ以前に私が壁を作ってしまっていたから、友達もそんなに出来なくてさ。」
「そうとは知らず・・・・・・あの時はひどい事を言ってしまいましたね・・・。」
「撮影の時の事?いいよ、むしろ嬉しかった。どこかで思ってても、あんな風にストレートに言ってくれる人いなかったからさ。気にしてない。完璧なご意見、どーもありがとうございました。」
「知咲さん・・・・・・。」
毒舌ラリーではなく、知咲さんとこんなに普通の会話をしたのは初めてだった。普段の彼女からは信じられないほどの素直さに私は少々戸惑いながらも、この不慣れな会話を楽しんだ。知咲さんの腕の中で欠伸をする、無垢で小さな子猫のおかげだろうか。
「環くんは、私がテクテクの知咲蒼だって知らなかったみたいでさ。気さくに声掛けてくれて、とても嬉しかったんだ。」
「まぁ、四葉さんの場合仮に知っていても変わらないと思いますけどね。」
「アハハッ、言えてる!最近楽しいよ。今までは、嫌味を言えるような相手もいなかったしね。」
「私は全然楽しくありません。ステレオで攻撃される私の身にもなって欲しいものですよ。」
「テストの点も、いつもの嫌味なラリーも、私初めてだもん。パーフェクトなライバルって、いいもんだね。」
その言葉にハッとなる。
私だって同じだ。
毒舌に毒舌を返してくる相手も、テストの点が誰かと同じということも。
さらけ出した自分が果たして受け入れられるのか怖くなり、そんな怯みを隠そうと壁を作っては天邪鬼になる事も。
ピチャンと葉から雨粒が落ちる。
それと同時に子猫はどこかへ逃げて行ってしまった。
子猫が居なくなって初めてこの時の私達の距離の近さに気づき、二人揃ってその場から立ち上がる。
相変わらず雨は降り続く。
まだまだ止みそうな気配はないけれど。
それでも心にかかっていた雲は、いつの間にか去ったようだ。
この寄り道だって、時間のロスなのかもしれない。
でも、たまにはそれも悪くないような気がする。
「じゃあ、また明日ね。」
「帰り道、気をつけてください。」
「一織くんが可愛いもの好きなこと、ちゃんと内緒にしてあげるっ!」
「重ねて訂正します。私が好きなのはクールでシャープなもの、ですので。」
「じゃあね!」
いつもの知咲さんに戻っていた。
クールで、シャープな。
でも本当の彼女は・・・・・・。
「知咲さん!」
「・・・・・・いいよ」
「え・・・・・・?」
「蒼で、名前で呼んでいいよ。」
振り返った“蒼さん”は。
とても可愛いかったんだ。
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[mokuji]
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