第一幕




「うわぁー、これが劇場!」

「恥ずかしいからいちいち大きな声出さないで。」

「あ、天。これが今日のキャストだって!へぇー、すごいなぁ、知らない人ばかりだ!天は知ってる?」

「へぇ、今日のヒロイン役は〇〇さんか・・・。当たりみたい。」

「当たり?キャストもクジみたいにアタリとかハズレがあるの?当たったら何か貰えるとか?」

「違うよ。この舞台は約三ヶ月間通して上演される。だから一つの役につき役者はそれぞれ2,3人セッティングされているんだ。今日、どの役をどの役者が演じるのかは当日こうして貼り出されるから、観に来たその日が自分の好きな役者だった時に、今日は当たりだなんて表現をするんだよ。」

「へぇー。でも内容は同じなんでしょ?やっぱり、役者さんによって何か違うの?」

「声も違ければ、表情も違う。トータルして同じ作品に見えるようには稽古されているけれど、やっぱり個性が出るよね。ハイ、これ蒼のオペラグラス。舞台仕掛けとか衣装とか、役者の表情とか、もっと大きく見たい時に使って。」

「すごい、双眼鏡だ!おー、雑誌でも見られないくらいの特大九条天、出現・・・。」

「馬鹿なことしてないで、ホラ、そろそろ席に着こう。」







劇場はとても不思議な空間だった。
薄暗い中に私達を閉じ込めたような、その中でざわめく観客の期待。やがて流れ出した音楽は、オーバーチュアと言うらしい。天は一応変装しているものの、隣には女の私がいるからあまり前には行かず、あえて私達はだいぶ後ろの席に座った。おかげで周りに人が少ないから、小さな声で天が完璧な解説をしてくれる。内緒話をするように耳に囁かれる小声は幼い頃にしたのとは違い、その吐息にひどくドキドキした。







第一幕。


物語の始まりは場末のショークラブ。
歌やダンスを愛するオーナーと、その恋人であるヒロイン。
ヒロインはかつて人気歌手と呼ばれていたが、年齢と共に落ちぶれ、仕事を求めてさ迷っている所をオーナーに拾われる。
ショークラブに集まるのは決してお金持ちではないけれど、皆歌や踊りを、音楽を愛する陽気な人ばかり。明るい歌声、明るい笑顔。
そんな一晩がこれからもずっと続くようながしていた矢先、事件は起こる。

オーナーに突然の破産宣告。
実は少しずつ傾いていた経営を必死に隠して資金を集めていたオーナーだったが、遂に行き詰まる。
やがてショークラブは取り壊され、無一文になったオーナーとヒロインに別れが訪れる。
店を閉める前日、このショークラブでの最終公演。
そこに偶然居合わせた名のあるプロデューサーが、ヒロインに目を付け、彼女をもう一度陽のあたる舞台へと誘いをかける。未来のないオーナーに見切りをつけ、かつての栄光を取り戻すべくショークラブを後にするヒロイン。

一幕最後の見せ場、オーナーとヒロインのデュエット。




『何故君は 僕を捨てて 残された僕には希望はない
君がいなければ 明日が来ようとも 光は差さない

別れるあなたに 愛の言葉さえかけられない私を許して
今はまだ分からなくてもいいの いつか来る未来に
愛した日々が嘘ではないと 真実を伝えるわ
その日を信じて私はここから 旅立つ
あなたから 旅立つ 』







喝采と共に暗転する舞台。
私は初めての体験と、興奮と、上手く言えないけれどとにかく身体中にこみ上げて暴れる「何か」で放心状態だった。






「ポカンとした顔してどうしたの?どう?面白いでしょ?」

「天・・・。」

「なあに?」

「天・・・。」

「・・・だから」

「すっごく面白い・・・・・・!!」

「良かった、蒼にも芸術を理解する心があったみたいで。」

「すごいよ、何!?あの声、ダンス!TRIGGERのダンスと全然違う!!」

「ミュージカルのダンスは、演目にもよるけれど基本はバレエとジャズダンス。僕達のダンスはどちらかというとヒップホップだから。この演目では特にタップダンスが見どころだよね。」

「うんうん、凄かった、あの足捌き!あれ、もしかして天も出来るの?」

「一応、海外でレッスンは受けたよ。」

「なんだろう、今天が知らない人みたいに遠く感じたよ・・・。」






休憩時間に、お土産売り場を見た。
天はいつも観てるし既にパンフレットを持っているからと、何も買わなかったけど、私はこの舞台の事が知りたくて、もっと天の事が知りたくて、今日の演目のパンフレットを買った。

天はそのパンフレットを捲りながら、今観たばかりの第一幕の解説をしてくれた。ダンスのこと、歌のこと。ミュージカルはただ歌うだけだはダメらしい。歌にこそ一番大切なセリフが込められているから、発声とやらも表現もとても難しいそうだ。






「天だって、いつも甘ーい声で歌ってるけど、それはやっぱり大切なメッセージを込めて歌っているの?」






天は一瞬とても驚いたような顔をして、
そして顔を少しだけ赤くして、
こう答えた。






「いつだって込めているよ。困ったことに届いてないみたいだけど。」






私は意味が分からずにそれはどういう事なのかと聞こうとした時、第二幕が始まる合図のチャイムが鳴った。






「さ、行くよ。ここからが本当の見せ場なんだから。」

「う、うん。ヒロイン、この後どうなるんだろう?」

「それは観てのお楽しみ。行こう。」






そう言って天はさり気なく手を繋いだ。
あれだけ人前でだとかいつもうるさい天が。
そっか、幼なじみだからか。
きっとそうだ。
子供の頃と同じように?

全然違うよ、天。
私ドキドキしてるの、第二幕が楽しみなだけじゃないよ。
天が、好きだからだよ・・・。






天はそっぽ向いていたけれど、今度は少しどころじゃない。
暗闇だって分かる。
リンゴみたいに真っ赤だった。










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