家出



「おかえりなさいませ、壮五坊っちゃま。今日は何か思いつめたようなお顔をされていますが・・・いかがなさいましたか?私で良ければ坊っちゃまのお話、お聞き致しますよ。」






流石と言うか、蒼さんにはお見通しだったらしい。
出迎えてくれたその言葉に甘えて聞いてみようかと思いつつも、大人につれて益々甘えるのが下手になった僕はそれをつい断ってしまった。






「ありがとう。でも大丈夫ですよ。」

「そうですか・・・、分かりました。あまり、ご無理をなさらないで下さいね?」





この時の寂しそうな蒼さんの顔を、僕は今でも忘れられない。蒼さんと最後にまともにした会話がこれになると知っていれば、もっと素直に話をしたのにと後になってひどく後悔をした。

その夜、父が丁度出張から帰ってきた。僕はチャンスかもしれないと思い、父の部屋へ行き今日あった事を話した。最初から父を刺激して騒ぎにしたくなかった僕は、もらった資料を見せつつ、ただあくまでもスカウトをされたという所だけ話そうかと考えていた。
が、それすらも甘かった。






「芸能界!?スカウトだと!?これから大学を卒業してようやくFSCの中で働けるというのに、お前はそんな大事な時期に一体何を考えているんだ!!!?」

「別に僕は・・・」

「アイドルなんてなれるわけがないだろう!そうやって夢を見て、貴重な若さの時間を浪費して落ちぶれていく人間が山ほどいるんだぞ!?お前に目をつけた理由は何だ!?噂に聞く高額なレッスン料か!?名もないプロダクションが生意気にFSCの跡取りを奪うつもりか!!」

「そんなひどい事を言わないでください、それに・・・」

「それに何だ?お前は本気で音楽なんかで飯を食ってけるようになれるとでも思っているのか!?それなら私はお前の父親だから人様なんかよりもよく分かる。お前にそんな才能はない!!聡の最後を知っているだろう!馬鹿げた夢には馬鹿げた結末が待っているだけだ!!お前もそんな馬鹿な人間になりたいのならここにいる資格はない!!聡と同じように縁を切ってやる、出ていけ!!!」





それは分かりきっていたことだけど。

僕は、僕の中で、何かが、プツンと音を立てて。

こう言ってしまった。





「分かりました、そう言うのなら・・・言われた通り出ていく!!大学も辞めます・・・今までお世話になりました!!」





父の部屋を飛び出し、自分の部屋へと戻る。
息が上がってるのは走りすぎたわけじゃない。
僕は自分でも信じられないくらい全てに怒っていた。
自分にもこんな直情的な一面があったのかと驚く。
目の前がチカチカする。鼓動が煩い。
当面困らないような、最低限の荷物だけをまとめて。
父に頼りたくないから自分の「少し」のお金を持って。
先の事はいい、後でいくらでも考えられる。
とにかく今はもうここに一秒だって居たくない。





広い屋敷。
玄関へ向かう途中で蒼さんとすれ違う。
僕のただならぬ様子に慌てて声をかけてくれたが、向こうから父の怒鳴り声と母の悲鳴が聞こえた。父は分からないけど、母は追いかけてくるかもしれない。もうここにはいられない。






「ごめんね、蒼さん!僕、行かなきゃ・・・!!」






「壮五坊っちゃま」と最後に呼びかけてくれた蒼さん。振り返りはしなかったけれど、僕は分かっていた。最後の最後に、僕はただでさえ泣き虫な蒼さんを泣かせてしまったということを。




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